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 A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring

入学してまだ2ヶ月もたっていない一年生は真新しい制服に身を包み、ほとんど散ってしまった桜並木の下を私立青葉高校に向かう。
まだ始業までには十分過ぎるこの時間帯には上級生の姿はほぼ見られない。
その青葉高校は比較的閑静な住宅街の近くにあり、朝の時間は騒音もなく寂しいくらいに静かな雰囲気が学校内には流れている。
が……今日だけは違った。





Episode 1
― 親友以上恋人未満・前編 ―




「どいてどいて~~~~!!!!!」
「ちょ……おま……ま、待てって!!!! おい!! 薫!!! せめて離せ!!」

朝。 桜の木にかろうじて残った花びらをわざわざ散らせるような勢いで全力疾走する1組の男女の姿があった。
その2人は生徒も少なく、静まり返っている青葉高校にはあまりにも不釣合いである。 加えて、朝の静かな雰囲気を見事にぶち壊している。

「絶対に嫌!!」
「なんでだよ!? っていうかなんだよこのありえない時間帯に登校ってのは!?」
「だって昨日の宿題まだなんだもん!!」
「お前は小学生か!?」

ちなみに今引っ張られているのは男子生徒の方だ。
罵倒しながら叫ぶが、女子生徒はそんなのお構いなし。ただ走っている。

「いいじゃん別に!! ちょっとぐらい早く起きてくれたって!!」
「どこがちょっとだ!! 俺の予定を一時間ずつ早めやがって!!」
「だからいいじゃん別に!!」

ここまで来るといっそ清々しい程、自分勝手な言い分だ。

「お前は良くても俺は駄目なの!!」
「諒は駄目でも私は大丈夫なの!!」
「じゃあ一人で行けよ!!」
「…………」

苦し紛れに叫んだ一言。以外にもクリーンヒットしたようだ。
思わず黙ってしまう。

「「…………」」

沈黙。……いや、走っているので沈黙かどうかは微妙だが。
とにかく、少しの間黙って、その女子生徒は驚くべき一言を発した。



「……一人じゃ宿題できないじゃん」


「…………」


一瞬。耳を疑う男子生徒。
しばらくして、思いついたように叫んだ。


「知らねーよ!!」









二人の名前は波川 薫 [なみかわ かおる]と篠崎 諒 [しのさき りょう]。

幼馴染である二人は家も隣で、物心ついた時から一日の大半ほぼ一緒に居る。
思春期を迎えているはずの二人だが、その性格が幸いしたのかお互いがお互いに男女を意識する事なくここまで来た。
その末路が先ほどの会話である。
まぁ、彼らにとっては当たり前かもしれないが、年相応の会話をしたらどうかとも思えてならない。

「ほらほら! 何してんの諒!! 早く行くよ!!」
「お前が掴んでるから走りにくいんだよ!! っていうかなんでこうゆう時だけ足速いんだよ!? ……運動神経皆無のくせに」
「なんか言った!?」
「いってぇ!!!」

諒のぼそっとつぶやいた一言が薫にははっきり聞こえたらしく、諒の腕は思いっきり薫の爪を突き立てられた。
ついでに言うと、この薫という少女。朝も相当弱かったりする。
だからこそ急に早起きしたので諒も戸惑い半分なのだ。

「お前な、それが宿題手伝ってもらう人間のする事か!?」
「それとこれとは話が別!!」
「いーや、同じだね!!」
「絶対に別!!」
「絶対に同じ!!」
「別!!」
「同じ!!」
「別!!」
「同じ!!」
「別!!」
「同じ!!」

以下、エンドレス。

「本当に今日は悪いと思ってるから!! だからお願い!! 手伝って!!」
「…………あ~、もう……今回だけな」

悲しき男の性である。
女に頼られて悪い気はしない。しかも薫は平均より可愛い方である。
この二人にもかろうじてそうゆう部分はあるようで。

「ありがと!! 後でお弁当のから揚げ1個あげるよ!!」
「たんねーよ、弁当全部だ」

薫の満面の笑みに一瞬諒は照れてしまい、照れ隠しに憎まれ口を叩いた。

「何でよ!?」
「それぐらいじゃねーと割りがあわねぇんだよ」
「けち!! バカ!!」
「何だと!?」
「本当でしょ~~~!!」

これにより、口喧嘩第2ラウンドに突入したが、二人共心底楽しそうであった。




―数時間後―



「なんで俺がこんなこと……」
「だって、英語の書き取り一人じゃ無理だし~」
「お前マジで弁当全部渡せ……」











諒は数時間前の自分に嫌悪感を覚えつつなんとか薫の宿題を終わらせ授業までの束の間の休息をとっていた。

ちなみに隣の席である薫は日光がほどよくあたる窓側の席という権利をフル活用してお昼寝タイムに入っている。
その顔は実に幸せそうでなんとなく猫を思い出させる。
おそらく頬をつついたら「うにゃぁ……」とか言いだすに違いない。

「おい、薫」
「…………」
「薫、起きろって、授業始まるぞ」
「…………」
「聞いてんのか、起きろって」
「…………」

当然というかなんというか、薫は眠り続けている。
一つため息をついて実力行使に出ることにする。

「おい、薫、起きねーと叩くぞ」
「…………」

とりあえず最終宣告。当然薫は眠り続けている。

「ん……」

薫ははたかれた部分を少し手で掻いただけで起きない。
さすがに強く叩くのは気が引けた為、肩を揺さぶってみる。

「お~~い~~、お~~き~~ろ~~!」
「ん~……」

一向に起きる気配が無い。
気がつくと周りから好奇の目で見られていた。

「よぉ、能天気な嫁がいると大変だな~~!」
「さっさと起こしてやれって、チューとかで」
「愛の力で奇跡を起こせ!!」
「きゃ~朝からラブラブ!?」
「すごいよね~物心ついたときからなんでしょ~?」

勝手なことを言うクラスメイトを諒は完全スルーした。
彼にとって今は薫を起こす方が先決なのだ。

「さて……薫をどうするか……」

何かを思いついたらしい諒は薫の耳元でささやいた。

「ケーキあるけどお前いるか?」

まぁこれは冗談で、こんな漫画でもなさそうな古典的な方法で薫が目覚めるなんて諒も思ってはいな……

「ケ、ケーキ……どこ……むにゃ……」
「う、うぉぉ……」

……確かに、目覚めないだろうとは思っていた。

「ケーキ……」
「ひゃああー!!」
「す、すげぇ……」

寝ながらも手を動かしてスイーツを求める幼馴染の姿に諒は恐怖した。
そして、薫の前に座っていた女子生徒は肩を思い切り捕まれ、さらに恐怖した。

と、

「おはよ~諒君、薫がどうかしたの~?」
「大変だな……お前も……」
「お二人さんはまた仲良く登校か? 羨ましい限りだよ」

その声は中村 美咲 [なかむら みさき] と城山 啓吾 [じょうやま けいご] であった。
美咲と啓吾は中2の時から付き合っていて、今も家族ぐるみで仲も良い。

どうやら大恋愛の末に結ばれた二人であったようだが、諒と薫がいくら聞いても決して教えてくれない。美咲曰く、話したぶんだけ価値も薄れるらしい。
最初はどうにか聞き出そうと頑張った諒と薫であったが、結局美咲があまりにも話そうとしないので諦めた。

ちなみに、入学式で話して以来なんとなく似ていたので親友となり、彼らは4人のグループになっている。
しかも何の因果か、薫の後ろは美咲の席で、諒の後ろは啓吾の席である。

「薫が全然起きないんだよ……起こしてやってくれる? 美咲……ぁー……ちゃん」

美咲と呼び捨てで終わらせようとしたところ啓吾から殺気が見て取れたのでとりあえず"ちゃん"をつけておくことにする。
どうやら啓吾は自分以外の人間が"美咲"と呼ぶことが好ましくないらしく、うっかり呼ぶものなら大変な事になる。

世間一般でいうキレるというのとは違い、言葉を荒げることなくただ黙って殺気を放出する。
静かにキレる男。それが啓吾である。

「私はいいんだけどね……はいはい。じゃあ思いっきり起こすよ~~~」


そんな殺気を無視して、美咲はノリノリで薫の前に立った。
そして……


「ていっ」
「ぎゃっ!!」

可愛い掛け声とは裏腹に、美咲は物凄い勢いで薫の頬をつねった。摘んでから手首を返すあたり凶悪である。
あまりの激痛に薫は小さく叫び声をあげて、夢の世界から帰還する。

「おっはよ!」
「美咲おはよ~……っていうかなんか物凄く頬が痛いんだけど……っていうか、ケーキどこ?」
「ん? 何の話?」

私は何もしてないよ? そう無言で主張しているようにすら見える、美咲の態度。
ただただ、諒は関心する。

「なぁ、啓吾……美咲ちゃんってすごいよな。いろんな意味で」
「……まぁな、さて授業の準備でもするか」
「ういうい」

軽い人間不信に陥る前に忘れる事にした諒は心なしか薫と美咲から背を向けて座った。
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