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私立青葉高校は他校に比べ、校則があまり厳しくない。
例えば髪の毛を染めても別にかまわないし、整髪料の使用も認められている。
私服は認められていないが、制服のアレンジにも学校側はあまり文句を言わない。
アクセサリー等も黙認されている。
女子の化粧についてもそうだ。
だが、自由が認められるという事は、責任を負わなければいけないという事でもある。
そういった思想のもと、学業成績については他校よりややシビアな面も多く見受けられる。
とにかく、シビアな面が多少あるとしても、青葉高校の校風は学生達にとってメリットでしかない。
つまるところ、やることをやっていれば特に口出しされる事は無い、という事なのだから。
まぁ、そんなわけで。
「案外さー、ペアリング付けてるけど騒がれなかったねー、つまんないなー」
「そういやそうだな、ちらほらアクセサリーも目に付くし」
机を向かい合わせ、弁当を食べていた途中、薫が切り出した。
言いながら諒がクラスを見回すと数人の胸元や手首に光るものが見えた。
ちなみに移行期間になっているとはいえ、まだ完全な夏服を着ている生徒は極わずかだった。
しかも今日は分厚い雲が空を覆い、少し肌寒い。その関係もあるのだろう。
「諒ってさ、あんましそうゆうの付けないよね」
「持ってないしな」
うわ、と馬鹿にしたように薫が笑ったため、薫の弁当から唐揚げが一つ、光速で諒の口の中に消えていった。
薫が気付いたときにはもう遅い。喉を通過していた。
「ぬあぁぁ〜……」
うなだれる薫を諒は無視する。
薫も負けじと諒の卵焼きを奪い取ろうとしたが諒が死守した。
「ちぇっ、もういいよーだ……ぶつぶつ」
「お前な……ぶつぶつって口で言ってどうすんだよ……ったく、ほれ」
多少行儀が悪いかもしれないが卵焼きを箸で掴んで薫に突き出す。
薫の表情が険しくなる。
「むー……」
どうやら葛藤があるようだ。
大方、なんとなく悔しいから食べない派と、好物⇒もらえるならもらっとく派とかその辺りだろうが。
「…………」
諒は無言で卵焼きを薫の弁当箱の中に落とした。
「……あんがと」
「いえいえ、どういたしまして」
やっぱり少し悔しいのか、やや反応がぶっきらぼうだ。加えて声も小さい。
諒は茶化して答える。
「っていうかさ、元はといえば諒が人の唐揚げ盗るからいけないんだよ」
「あっ、そうゆう事言うか。そーかそーか。卵焼きはいらないってか」
「あー! ごめんごめん! 嘘だから!! 卵焼き返して!!」
こうして実に平和に昼休みは過ぎていった。
Episode 9
― 雨雲の向こう側へ ―
放課後、クラスの生徒は全員帰ってしまい、二人だけで教室に居た。
薫が今日までの宿題を忘れていた為、諒もそれに付き合う形で残った。それが間違いだった。
「いやぁー雨が降っちゃうなんてね! 想定の範囲外ですね〜!」
あっはっはーと高らかに笑う薫に諒は古いよ……と呟いた。
「お前さ、傘は?」
「諒は?」
会話がまったく繋がっていないが、互いに状況は確認できた。
顔を見合わせ、ため息と共にうなだれる。そして突っ伏す。
「どーしよー」
「とりあえず待つ、そんで小雨になったら走って帰るぞ」
「だよねー? それしかないよねー?」
「なんでよりよって二人揃って傘忘れたかな……あぁ、お前が本気で遅刻しそうだったからか」
そうなのだ。
久々に本気で遅刻するところだったのだ。
朝飯を抜いてまで走り、着いたのは朝のHRすれすれだった。
「む……確かにそうだけど、諒が忘れた事とはまったく別問題でしょ? あくまで自己責任なわけで」
「お前からそんなまともな意見が聞けるとは思っても無かったよ」
低温で口論が展開されてゆく。
いまいち互いが熱くならないのは外の天気のせいだろうか。
空を覆う雲のようにすっきりする事の無いまま次第に会話は途切れ、話すことも無く、沈黙が続く。
「……美咲の事さ、本当に羨ましいなーって思うんだ。近頃特に」
「へぇ……」
急に真面目な声で切り出す薫。
こうゆう時は何か聞いて欲しい事がある時だ。
諒はそれがわかったので、ちゃんと体勢を立て直して真面目に聞いてやる事にする。
「あの二人ってなんかさ、テレビとか漫画とかであるラブラブな感じじゃなくてさ」
「…………」
いつか自分が思った事と薫の言葉がかぶる。
動揺を隠そうとしたが薫は机に突っ伏したまま外を見ている。当然、気付かない。
諒は少しほっとして次の言葉をまった。
「確かにお互いが大好きっていうのは伝わるけど……なんかバカップルとは違うっていうかなんというか……」
「判るよ、その感じ」
「やっぱりそう思うよね? なんでだと思う?」
「前に啓吾が言ってたんだけどな、二人の時間と同じぐらい一人の時間も大切にするんだとさ」
「深いねぇ……」
納得したようにうんうん。と頷く薫。
「お前はさ、どう思う?」
「んー……すごい信頼関係だなぁとしか。それぐらいしか解んない」
「え?」
「えっ? なんか変な事言った?」
諒が出した答えとはまったく別の物を示した薫。
諒が疑問の声を挙げるとびっくりしたように飛び起きた。
「いや、そうゆうわけじゃくて……なんでそう思ったんだ?」
「んー、結構勇気がいると思うんだよね、そうゆう考え方を持つのって」
「え?」
ますます意味のわからない諒。
「だってさ、お互いが知らない所があるっていうのを認め合うんだよ?」
「あぁ……そう言えばそうだな」
一人の時間を自分が大切にしているという事は、逆もまた。と言える。
事実上、薫の言ったことだ。
「それ怖くない? 普通知らない部分も知りたいって思わない?」
「………………思うな」
諒は薫の解釈に驚いて一瞬、言葉を失った。
もしそうならば自分が思っていた以上に、啓吾と美咲は凄い。という事になる。
「だよね? 知らないって事は何してるかわからないって事だもん。すごく……怖いよ」
「…………」
「でも、それでも。自分は絶対に相手を裏切らない。相手も絶対に自分を裏切らない。絶対に二人の信頼は揺るがない。そうゆう自信があるからこその言葉なんだよ」
「……そっ……か……」
そう言うのが諒には精一杯だった。
同級生が良く口にする、愛とか恋とか絆とか。それが一気に軽いものに思えた。
美咲と啓吾の関係はそんな次元ではない。そんな軽いもんじゃない。
どんな小さな事でも悩んで、それに全力でぶつかって、とことん話し合ったのだろう。
それができて初めて言える言葉だ。
生半可な関係で口にできる言葉じゃない。
それを、啓吾はさも当たり前のように言い切った。
途端、諒は足元が崩れてゆく感覚に襲われた。
「どれだけ不安でも、相手を信じてただ前を向くんだってさ……ごめん、実は今言ったのって全部美咲から聞いた事なんだ」
「そうか……ほんと、あの二人は凄いな……」
「そうだよね、私、初めて聞いたとき泣きそうになったもん」
二人で感傷浸る。なぜか、ため息が出る。
ふと外を見ると、いつのまにか雨は止み、雲の間からは光がさしていた。
「諒! いまのうちだよ! 帰ろう!」
「そうだな、帰るか」
二人の心はなぜだかいつもより満たされていた。
気分が良い。
まるで空に浮かんだ鬱陶しい雲が一掃されてゆくような、そんな感覚。
美咲と啓吾はこんな気持ちで互いを見つめているのだろうか? 諒はなぜだか、ふと、そう思った。
「ねー明日からさ、夏服で来ようよ」
「いいけど、お前忘れんなよ?」
「大丈夫! 帰ったらすぐ準備するもん!」
「じゃあ朝に寝惚けて間違えんなよ?」
「う゛ぁ……自信ないよー! 朝ちゃんと言ってよね!」
「さぁー? どうだかなー?」
「意地悪!!」
まだ雨の残る地面が太陽の光を反射し、きらきらと光って見える。
まだ雲が残る空の下、駆け出した二人の顔は晴れ渡っていた。
全てを覆い隠してしまいそうな雲の向こう側には、ただ、空がある。
季節は夏へと向けて、急速に移り変わろうとしていた―――
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