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 A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring

辺りはすっかり暗くなり、外は様々な光で照らされている。

そんな風景を電車に揺られながら美咲と啓吾はワケもなくただ見つめていた―




Episode 8-ss





「ねぇ、大丈夫?」
「気にすんなよ」

たまたま電車に乗った時間が悪かったらしく、どの車両も満員だった。
なので啓吾はちょうど美咲をドアと自分の間に居るようになんとか場所をとった。

「本当?」
「本当。前から言ってるだろ?」

心配そうに見つめる美咲に啓吾は優しく微笑みかけながら言う。

ドアを押すように腕を突っ張り、美咲を守る。
それが満員電車内での、啓吾のスタイルだった。

「そんな顔するなよ。いつもの事だからさ」
「……うん」

席が空けば美咲を先に座らせ、立っている最中は美咲が潰されないように守る。
いくら美咲が言っても啓吾は譲らなかった。
まるでそれが当然である事のように振舞った。

「……啓吾さ……」
「なんだ?」

ふいに美咲が俯きながら言った。

「もうちょっとぐらい薫達の事信じてあげていいんじゃないかなぁ?」
「…………」

核心を突く言葉が啓吾に向けられる。
啓吾は思わず言葉をつまらせた。

その時、ちょうど駅に着いた。
利用者の多い駅で大半の人が降りたため、先ほどまでの混雑が嘘のように車内には数人しか居なくなる。
声が聞こえない程度に他人と間を空けて、二人は並んで座った。

「確かにさ、中学の時とか大変だったから気持ちはわかるけど……薫と諒君はそんな人じゃないでしょ?」

美咲の訴えかけるような視線を受ける。
後ろめたいと思っているせいか、啓吾はその視線を避けた。

「わかってるんだけどさ、無意識にな。反射的に断ってた」

白状するように言う。
その言葉には自嘲的な響きが含まれていた。

「だと思ったよ。ちょっとだけだけど顔をしかめてたの分かったし」

これからはしない様にね。と付け足して微笑む美咲。
啓吾も少し息吐き出し、かなわないな。と呟いてからそれに応える。

良い雰囲気が二人を包んだ。












「で、ここからがー私的には重大な問題なんですけどー」

一気に声色が変わり、表情も心なしか意地悪になっている。
まるで悪戯を思いついた子供のようだ。

「いくらデートじゃなくて遊びとして来てるからってーいくら二人が居るからってー」

美咲が二人だけの時に見せる悪戯モード。
こうなった時、たいてい啓吾にとって悪い知らせだ。
これまでもそうだった。たぶんこれからもそうなのだろう。

「肩を抱いてくれないしー、まぁこれはいいけどー」
「じゃあ言うなよ……」
「いくらなんでもさー」

完全な無視だ。

「二人きりになる機会はあったのに手も握ってくれない彼氏ってどう思いますかねー? 啓吾君ー?」
「ぐっ……」

ニヤリ。美咲が笑う。

「…………」

「…………」

「……私……たまには本気で怒るよ?」

満面の笑みの美咲。
冷や汗を浮かべていた啓吾は慌てて美咲の手を握ったのだった。
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