A heart to be in love " 恋する心 "
――― Summer

夏……それは成長と躍動の季節―――





近頃は雨も少なくなり、どんどん日差しが強くなっている。
そろそろ夏本番。いい加減、クーラーを入れてもいい時期かも知れない。

そんな事を考えながら諒は夏用の半袖カッターシャツの第一ボタンを開け、少し弛めにネクタイを締めた。
制服のアレンジは概ね認められているが、諒は相変わらず、デフォルトでの登校をしている。

「……よし」

一通り身なりをチェックしたら窓を開け、向かいの窓も開ける。
窓枠に足をかけ、慣れた手つきで薫の部屋へ危なげも無く侵入する。

と、

「くさっ!」

思わず叫んだ。
鼻を突くような柑橘系の香りがする。

「なんだよ〜……」

原因がなんなのか思案する。
程なくして今の時期を考え、答えにたどり着いた。

「そっか……もう虫が出る頃だな……」

見回すと今入ってきた窓枠に虫よけもかねた芳香剤が置かれているのが目に付いた。
案外自分が通った部分と近い。今更ながら倒さなくて良かったとほっとする。

「ったく、なんでよりによってここに置いとくかな……」

もしかして嫌がらせか? 昨日薫がトイレ行った隙におかずを盗んだのがばれたか?
と、考えたが結局結論はどうでもいいか。だった。

今は薫を起こす事が先決だな。こんな暑い日に全力疾走をしてたまるか。
そう思って薫から布団を剥ぐ。
寝起きは悪いが寝相は不思議と良い方の薫。
いつもどおり寝巻きもほとんど乱れていない。
しかし、いつもより汗を多くかいているような気がする。

「って……何見てんだよ……俺……ほら薫、起きろ」
「ん、ん〜」

パタパタと腕を動かして布団を捜索する薫。しかし見つからない。
すると寝返りを打った。どうやら捜索範囲を広げるためのようだ。が、やっぱり見つからない。

「いい加減起きろっての」
「んが!」

指先で鼻の頭を軽く弾く。しかし顔を少ししかめただけだった。

その顔がなんとなく笑える。少し、安堵にも似た感覚があった。
とはいえ、時間はどんどん過ぎている。
事実、薫の部屋に諒が来てから、すでに五分が経過しようとしていた。

ふと薫を見ると、髪がずれてちょうど額が綺麗に出ている。

「薫〜? そろそろ起きろよ〜?」

ニヤニヤしながら右手を振りかぶる。
そしてその腕を振り下ろそうとした。その瞬間だった。

「ゴキちゃん嫌ーーーー!!!」

薫が飛び起きた。耳をつんざくような絶叫付きで。
一瞬、部屋が硬直する。
そして諒の顔を確認した薫がほっとした顔になり、すぐに涙目になって訴える。

「諒聞いて聞いて! 鼻の頭をね! ゴキちゃんが這いずり回ったんだよー!! もう嫌ー!!」

どうやらゴキブリの夢を見ていたらしい薫。
なるほど、それで寝汗をかいていたのか。と納得する諒。
恐らく鼻の頭がどうだの、というのは自分が軽く弾いたせいだなと思った。

「……あっそ」
「なんでそんな態度なのー!?」

いきなり矛先を失った諒の右手、それが微妙に悔しい。
後、自分の努力とはまったく無関係な原因で起きた事も妙に腹立たしい。
なので。

「くらえ!! 黄金の右!!」
「痛ーーーー!!」

とりあえず当初の予定通りに額に打ち込んでおいた。





Episode 10
― 照りつける日差し・前編 ―





「暑い……暑い暑い暑い暑い!!」
「うぜー! 余計暑くなるだろ!」

夏場、二人の登校風景はこんな感じだ。
はたから見ると二人とも暑苦しい事この上ない。

「なんでこんな暑い日まで歩かないとダメなのー?」
「俺達の家が学校に近すぎるからだろ……恨むなら両親を恨んどけ」

そう。薫と諒の家は学校から余り遠くない。つまり、わざわざ自転車を使う必要も無い。
それが学校の見解だった。校則にも明記されている為、反論のしようが無い。
一度担任に直談判した事のある二人であったがあっさり断られたのだった。

「あーつーいー、もういいじゃん! 明日から内緒で自転車で来よー!」
「ばれたら即停学だけどな」
「え゛……」

薫は驚きの固まった。停学=宿題がどっさり。
しばらくしてプルプルと震えながら声を絞り出す。

「何それ……そんなに厳しいの……?」
「うちの学校はそうゆう校風だろ……自由を認めてる分、校則はしっかり守れって事だ」
「あ゛〜……それじゃあ出来ないじゃん……」
「諦めろよ、学校が近いんだからさ」
「で〜も〜……」

そうこうしている間に早くも桜並木の前にまで来ていた。
当然、もう桜は四月上旬に早々と散ってしまったので、今は青葉だけになっているがそれでも何か違う感じがする。
それになりより、両脇に木が生えている為、木陰が出来る。それに風もそこだけは涼しくて、気持ちいい。

「ほら、さっさと来い、ほってくぞ」
「う〜あ〜……」

諒はスライムになりそうな薫を置いて、少し晴れ晴れとした気分のまま歩を進めた。







「あ〜つ〜い〜扇いでよ〜! っていうかジュース」
「じゃあ私はカキ氷で。もちイチゴで練乳ね。啓吾よろしく〜」
「「うわ〜……うぜ〜」」

スライムが二体、いや、薫と美咲が机に突っ伏してこの上なくだらけていた。
最初は機嫌が悪いぐらいで済んでいたが、時間を重ねるごとにその鬱陶しさは増加していった。
そして昼休み、ついには無理難題を押し付けてきた。

「なぁ啓吾……」
「わかってる」

目配せして確認をとる。どうやら双方の考えが一致したらしい。
そして脱兎の如く弁当を持って仲良く逃げ出した。

「くらぁー! 逃げんなー!」
「薄情者ー!! 啓吾の馬鹿ー!!」
「「…………」」

二人の後ろから罵声が飛んでくる。
無視。完全無視。絶対無視。何も聞いてはならない。聞こえるはずがない。
とりあえず学食へ逃げ込んだ。
少しくるのが遅かったせいか席ほぼ一杯だった。まぁところどころ空いているので問題は無いが。

「ったく……こっちまで暑苦しくなるよな」
「まったくだ。鬱陶しい」

休み時間だけならまだしも授業中も先ほどのような態度だった。
二人が逃げ出すのも致し方ないと言える。

「で、どうするよ?」
「とりあえずチャイムすれすれまで帰らない」
「じゃあ適当に時間潰すか……こうゆう時部活やってたら部室があんのにな」

天を仰ぐように言う諒。
確かにな。と苦笑しながらも、啓吾も同意する。

「でも、ま、そう言うな。とりあえず食べ終わったら図書室行くぞ」
「なんで? 私語とか五月蝿そうじゃね?」
「今日は俺の友達が当番だって言ってたからな。匿ってもらう」
「は?」
「ま、行ってからのお楽しみだ」

ニヤリと笑う啓吾に諒は疑問符を浮かべたままだった。
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