|
そしてやって来た図書室。
青葉高校の図書室は校舎の中にあるのではなく、専用の建物の事を指す。
図書室と銘打っているが、事実上、図書館と言った方が正しい。
その図書室のカウンターには、一人の女子生徒が座っていた。
少し日焼けした褐色の肌。ショートに切った髪。
身長はそれほど大きくない(座っている為正確にはわからないが)。
元気そうな人だな。それが諒の第一印象だった。
「よお、皆元」
「おー! 彼氏君! どうしたん? 美咲はー?」
啓吾が声をかけると満面の笑みで答える。
その笑顔は、"女の子"という感じではなく、ボーイッシュな感じがした。
薫を見ている諒にとっては新鮮だ。
と、皆元と呼ばれたその女子生徒と目が合った。
「あっ、そっちはもしかして諒君やない!? そうやんなー!?」
「ああ……うん」
いきなり名前で呼ばれる、でも悪い気はしない。
関西弁がまじってるような言葉遣い。それもまた新鮮だった。
「私、晴菜って言うねん、晴菜って呼んでええからね! よろしゅう!」
ニカッと笑う晴菜。
なぜか一瞬、薫の顔が浮かぶ。
「よろしく……皆元さん」
「晴菜でええのに、聞いてた通りな人やな〜
まっ、慣れたら晴菜って呼んでや? そこの誰かさんみたいに他人行儀やとやりにくいわ」
「努力するよ」
「ほんまか? ほな毎日昼休みは遊びに行くな? で、いつ呼んでくれるか待ち構えとくで〜?」
「あぁ……うん」
「そこツッコむとこや〜」
二人して笑う。
不思議な人だな。そう諒は思った。
気が付くと乗せられて、笑ってる。
自然と心の中に入ってくる。
「皆元、話してた……」
「ハイハイ。じゃあ、頼むで?」
「わかってるよ」
意味深に笑いあう啓吾と晴菜。
何かを確認するように視線を合わせる。
啓吾が手を出し、渡されたのは鍵だった。
キーホルダーには準備室と書かれている。
「もしかして……」
「その通り」
やっと啓吾の真意に気が付いた諒。
ニヤりと啓吾が笑う。
「じゃあ、美咲と薫が来たときはよろしくな」
「まかせとき、彼氏君。 美咲もかおりんも誤魔化しとくから」
「あっ……それとな、彼氏君って言うな」
「じゃあそろそろ名字で呼ぶの止めや? 美咲が止めてるんやろうけど」
そして二人で笑いあう。
「まっ、頼んだからな」
「ほいほい」
そうして、またニカッと人懐っこいような笑みを浮かべた。
Episode 10
― 照り付ける日差し・後編 ―
「はぁ〜……めちゃ落ち着くな……」
「だろ? 前から目を付けてたんだよ。こうゆう時の為に」
カウンターの裏にある準備室は隠れるには最適だった。
クーラー完備。本棚があるせいで、広くはないスペースがさらに狭くなっているが、二人だとあまり気にならない。
いくつか大きめの椅子も用意されている。どうやら啓吾と同じ事を考え、実行した人間が居たのだろう。
「皆元、いい奴だろ?」
「そうだな」
さっき会話を聞くかぎり、サバサバした性格のようだった晴菜。
諒は晴菜に対して好印象を持っていた。
特に、印象的なあの笑顔に。
「女の割には話し易い奴だし」
「みたいだな」
啓吾が女子生徒に対して笑うのは美咲と薫を除いて初めてのような気がする。
少なくとも、諒が見ている限りで。だが。
「でさ……あの……皆元さんは美咲ちゃんとか騙しちゃっていいのか?」
とりあえず諒は晴菜を名字で呼ぶ事にした。
まぁ、何度か話しているうちに呼べるようになればいいかと思っている。
「大丈夫だろ。とりあえず対価は払ってるし」
「は?」
啓吾の口から飛び出した言葉。対価。
思わず、諒は聞き返した。
「だから、俺は匿ってもらう代わりに、あいつに宿題写させてやってんの。もちろん先生が同じ教科だけな」
「あぁ……そうゆう事……」
匿って欲しい啓吾。それができる晴菜。
宿題が出来ない晴菜と、宿題は出来る啓吾。
つまりある一種の利害関係の一致である。
「だから気兼ねなく使っていいってよ」
「へ、へぇ〜……なんか、圧倒されるよ……」
なんかもう色々と。そう心の中で付け足した。
「ところでさ」
「何?」
「薫も……夏場はずっとあんなのなのか?」
啓吾がはぐらかした言葉は諒にはきちんと伝わっていた。
以心伝心。目を合わせてため息をつく。
「あんなのなんだよな、非常に残念ながら、美咲ちゃんも?」
「そうなんだよ。最初は暑いって言うだけなんだけど時間が経つたびに進化するんだ」
「うわ……」
「しかもな、日によってその進化の方向が変わるから性質が悪い」
げんなりしたように言う啓吾。諒は本気で同情した。
そして安堵もした。もしかしたら薫の方がマシかもしれない。と。
「で、今日はどの方面に進化しそうなの?」
「それがな、途中まではあまり他と変わらないんだよ」
「つまり……」
「帰ってみるまでわからん。もう進化してるかもしれないし、してないかもしれない」
「うわぁ……」
まるでびっくり箱だ。
「「…………」」
「「…………うわぁ」」
教室へ帰った諒と啓吾は、一瞬、言葉が出なかった。
情けなく突っ伏す薫と美咲の姿自体がショックだったのか、
二人が突っ伏しながら半暴走状態でクラスの女子生徒に絡んでいた事が、かは分らないが。
とりあえず、関わりたくない。明確に二人はそう思った。
「また上手い逃げ場所とかないの?」
「どうせ先生が来るけどな」
あの後、結局見つかる事なく二人は実に落ち着いた昼休みを過ごせた。
美咲と薫は来なかったので、暑くて探せなかったか、晴菜が誤魔化したのだろう。
「ちょっと、篠崎君! 城山君! どこ行ってたのよ!! なにやってたのよ!!」
一人の女子生徒がもの凄い剣幕で叫ぶ。
そして薫と美咲を囲んでいた数人の女子生徒の目が二人をとらえた。
しかも全員、やっと帰ってきたか。さっさとスライムを始末しろ。的な視線を送っている。
「積極的自己防衛」
「啓吾、その表現て……まぁ、あながち間違ってないけどさ」
「どうでもいいから! あれ! なんとかしてよ!」
この怒りよう、薫と美咲がそうとう大変な事をしたらしい。
大方、機嫌が悪くなってカラみまくったとかその辺だろうが。
と、ついにスライム……いや、薫と美咲が起き上がり、はっきりと、諒と啓吾の姿を捕らえた。
「諒〜! なんかジュースぐらい奢ってよ〜。ね〜!」
「啓吾〜……勝手に逃げるし……暑いし暑いし暑いし! もうむかつく!!! 啓吾の馬鹿!!」
「「なんでだよ!?」」
少なくとも昼休みの最初は鬱陶しいだけだった二人。
五十分という時間は美咲が進化するのに十分だったらしい、今日は八つ当たりのようだ。
それに触発されたのか、相乗効果なのか、薫も進化していた。ただ、美咲とは違い、物乞い方面だ。
どうやら諒と啓吾が涼んでいる間に何かが起こったのだろう。暑さで思考回路がどうとか、そうゆうのが。
「啓吾さ、他に図書委員の友達居ないの?」
「非常に残念ながら居ないんだよ」
「これからどうする?」
「まぁ、手がつけられなくなったら逃げる。的なスタンスで行こうと思う。皆元がいる時は準備室で」
「そっか……今年の夏は長くなりそうだ……」
外では蝉が狂ったように鳴いている。
照りつける日差し、まばゆい太陽。
梅雨明けの晴れ渡った空。
どれもこれも、薫と美咲にとっては、"鬱陶しい物" で一つにまとめられるようだった。
「「ところでさ、どこ……行ってたの?」」
「「…………さぁ、予習でもするかな」」
|
|
|