「誕生日? 誰の?」
 
 ラーメンをきちんと飲み込んでから帰ってきた言葉は至極当然のものだった。
 
 「ハル君です。 ちょうど今週末に」
 「へー。 それで、何? 僕にどうしろと?」
 「少し意見をいただけないかと思いまして。 せっかくお給料を頂き始めたのだから今年は少し良い物を、と考えていたのですが……」
 「まったく考え付かない、と。 去年まではどうしてたのさ」
 「……知っての通り高校生でしたから。 奥様から別にいいと言われてたんですよ。 まぁ、それでもケーキを作ってあげていたんですが」
 「へえ、君って料理出来るんだ?」
 「そういえば、言ってませんでしたっけ。 私の家は母子家庭なんです。 そのせいでいろいろやってましたから」
 「そっかー。 それにしても微妙にハードル高いなー」
 
 ずるずる。 言い終わってから彼は一口すすった。 唸りながらどこかを遠くを見ている。 現状を打開する名案はそんなにたやすくは出てこないようだ。

 ……この役立たずめっ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 第四話 「 私も、です 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 理沙との待ち合わせにと学食を選んだのは間違いだったと最初は思った。 半分寝ているような間抜け面の彼を見付けたからだ。 かと言ってどうする事もできず、気付かれないようにと列に並んだのが運のツキ。 なんと箸を忘れて取りに来た彼から逃げる事ができなった。
 
 「ん〜……」
 
 よって、この不本意かつ不思議な状態に至っている。
 待ち合わせの時間になっても現れないところを見ると、理沙はその辺りで適当に隠れているのだろう。 まぁ、彼女の場合ただの遅刻という可能性も否めないが。
 
 「やっぱり高いですか?」
 「少なくとも僕は高いと思うけどね。 今度中学生だっけ? 君の事だからきちんと使ってもらえて……千円ぐらいの安物ではなくて、ある程度値段の張るもの。 かと言って何万、何十万は学生のラインを超えすぎてるからそういう意味でも相応なもの。 しかもかぶらないように〜とかでしょ?」
 「むっ……いけませんか?」
 「誰がそんな事言いましたか? まぁ、そう受け取られるような言い回しだった事は認めるけど」
 
 彼のペースにはまる一方だと判断した私は口を塞ぐことでこれ以上の墓穴を回避した。 しかし、これが歳の差というものだろうか。 なかなか会話の主導権を握らせてもらえない。
 
 「他人への贈り物は大切だし、君の心理も理解できなくないよ。 確かにきちんと買って用意したプレゼントが使い捨てじゃあ悲しすぎる」
 「ですよね……それで色々考えたんですけど、どれもぱっとしなくて」
 「っていうか、それ以前にさ。 お手伝いさん全員がプレゼントあげるなら、かぶるのは仕方無くない?」
 「まー……そうですけど」
 
 唇を尖らせた私を見て、失礼にも彼は盛大に噴出した。 まったく……人の顔を見てその態度はいかがなものか。
 
 「はは、ごめんごめん。 いつもの君と違って可愛くてさ。 君はいつもそうしてた方がいいと思うよ」
 「この年齢の女の子を捕まえていつもは可愛くないと言いますか。 そんな失礼な人だったんですね。 わかりました。 私個人ではなく沖田家としてあなたのバイト先に連絡をいれさせていただきます」
 「……ごめんなさい」
 
 陳謝だった。 どうやら私が言葉に添えて発した意味を明確に汲み取ったよう。
 
 「まー……本題に戻るけど。 やっぱいつも付けられる奴だよね? たまにしか使えないものだと机の中とかで即席タイムカプセルになるだろうし」
 「タイムカプセル……まぁ、いいですけど。 あなたの言うとおりです。 ですが……」
 「中学生だし、まさかアクセサリーっていうわけにもいかない、と」
 「……はい。 学校で付けられませんしね。 それに、まだ興味も湧いてないみたいですし……」
 
 そこなのだ。 校則にも引っ掛からないように、という関門が私を待ち受けていたのだ。
 
 「学校かー……やっぱり厳しい所?」
 「なんの基準を持って厳しいか優しいかを言ってるのかわかりませんが……常識的に駄目なものは駄目です」
 
 私がそう言うと、彼はくはぁ、と息を漏らした。 どうやら彼もこの関門は突破し辛いよう。
 
 「んー……この状況じゃあ、誰かと重なるのは仕方ないとして……
 いつも身に付けられる物で、学校でも大丈夫な物。 どうせなら大人になっても使える物がいいよね」
 「そうですね、厳密に言えばプレゼント、というのも変ですが」
 「沖田家で働いてもらったお金で、そこの子供に……だもんね。 でもそれは言っちゃいけないだろう。
 それに、贈り物はお金の問題じゃあないしね」
 
 きちんと箸を盆に置いてから腕組み、彼は天を仰いだ。
 
 まったく……毎度毎度この人は何なのだろうか。
 
 あの店では全然空気も読めなくて子供かと思うほど馬鹿な風だったのに、今私の目の前に居る彼はどこか大人びているし。
 やっぱり成人は違うのか? あぁ、でも甘党だし、プリンをこの上なく幸せそうに食べるし、さっきなんて箸を忘れてたし。
 
 「んー……あ、そういえば中学ってブレザー?」
 「ええ、そうですけど……何か?」
 「一つ思いついたんだけど、どうかな……」
 
 ずっと天井を睨みつけていたかと思うと、ぱっと顔を下ろして私を見た。
 
 名案だ。
 
 そう顔に書いてあるほどの笑顔。 先ほどの大人っぽさなど、どこかへ消えてしまっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「疑問文で話を振っておきながら結局話さないのはどうかと思うんですが」
 「まぁ、いいじゃない。 どうせ暇だったんでしょ?」
 
 あ、やっぱ内緒。 今日はバイト無いならこの際だし、一緒に買い物いかない? 無邪気な笑顔の彼が次に口にしたのはそんな言葉だった。
 もちろん私もなんで教えてくれないのか、とか、なんであなたと一緒に、とか色々言ってみたものの、最終的には彼の強引さに押し切られる形で車の助手席に座ったのだった。
 
 「先日も思いましたが……なんであなたのような人が車を持ってるんです?」
 「ような、って何だよ。 これはマスターの車なんだけど、燃料費とかを自分でなんとかするっていう条件で自由にさせてもらってるの。
 そういえば君は免許持ってたっけ?」
 「持ってませんね。 取りに行きたいなとは思ってるんですが……いかんせん費用が、ちょっと」
 
 
 
 
 
 ……嘘だ。 費用なんて母が出してくれると明言までされている。
 



 
 「はは、そっか。 確かに安くは無いよね」
 
 
 そんなくだらない私の意地と一方的な感情を隠す為の嘘に彼は簡単に、そして無防備に引っ掛かった。 もしかしたら引っ掛かってくれた、なのかも知れないが。
 彼には私のそういう部分に触れない様にしている節がある。 母子家庭と初めて言ったのにも関わらず、何の突っ込みを入れなかったのが良い例だと思う。
 
 「まぁ、何かわからない事があったら聞きなよ。 経験者が教えてしんぜよう」
 「はぁ? あなたに聞くぐらいなら教習所でその都度問題を解決します」
 「うわ、ひでえ」
 
 ケラケラと笑う彼にため息をつく。 なるほど、のれんに腕押しとはこういう事を言うのか。 私の嫌味を聞く気など彼には毛頭ないらしい。
 横目に彼を睨みつけてやるも、彼は運転中で当然前を睨んでいた。 これも失敗、と。
 
 ふと、彼の首からネックレスのチェーンが覗いているのに目がついた。 今日もつけているのか。
 食堂でつけている事に気付かなかったのは服の中に入れていたからか。
 
 「ん、何?」
 
 私の視線に気付いていたらしい。 赤信号で停車するのと同時に彼は私と向き合った。
 
 「その、首のネックレスです。 昨日も付けてましたよね」
 「あぁ、これ?」
 
 シャツの内から出てきたのは昨日と同じ少し色が剥げたりしているリングだった。
 
 「昨日と今日だけじゃなくてほとんど付けてるよ」
 「そうなんですか? そんなにこだわりが?」
 「んー……まぁ、大切なモンだからさ」
 
 地雷だ ――
 はにかむように笑った彼を見て咄嗟にそう判断した。 彼はどうやら嘘をつくのが下手なようで、その笑顔に孕む特別な感情が見て取れた。
 
 「……それにしても、ハル君の事好きなんだねー」
 
 やや強引な話題転換。 車が発進すると同時に彼はそんな言葉を漏らした。
 
 「ん、好き……ですか……確かにそうかも知れませんね、母を除けば、そうとう付き合いの長い知り合いの一人ですし。 私の記憶の範囲で、ですが」
 「へえ……」
 
 不意に彼が黙った事で車内はラジオが流れるだけとなった。 そして私は自分のミスに気が付く。
 
 「そんなに前から沖田家と繋がりがあったんだ」
 「え、えぇ……」
 
 失敗した。 もう少し熟考してから言葉をアウトプットすべきだった。
 
 「どんな感じ? やっぱり、弟?」
 「んー……どうでしょうか。 弟、と言うには歳が離れすぎてる気もしますし。 弟のような存在、あたりでしょうか」
 
 言葉にしてから気がついた。 ほとんど一緒じゃないか。 そもそも、彼の言う弟という言葉には前提として、ような、が含まれているはずなのに。
 
 「そっか。 ような、って辺りが重要なんだ? 君的には」
 
 しかし、彼は私の意図する所を的確に汲み取ったよう。 馬鹿にするわけでもなく、納得したように頷いた。
 
 「私の心の持ちようでどうとでも変化しそうなんですけどね……あなたの言う通りです。 そのラインは割って入ってはいけない気がしてるんですよ」
 「他人と身内の境界線、か……」
 
 私の曖昧な基準を正すような言葉に一瞬、耳を疑った。
 
 「……あなたって本当、意味わかんないです」
 「わ、ひどいよ?」
 「どっちなんですか、あなたは。 昨日みたいに空気を読めなかったり、ただの子供かと思えば……」
 「よりによって成人男性に子供って言うかな〜」
 「自業自得です」
 
 又、ケラケラと笑う彼にため息をつく。 あれ、さっきもあったぞ、こんな状況。
 それを自覚したら余計にモヤモヤは高まってきて。 カーラジオから聞こえる音楽がどんどんハイテンションな曲へと変わるのに反比例して、私はどんどんワケもなく不機嫌になっていくのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「ネクタイピン……ですか?」
 「ん、名案じゃない?」
 
 ショッピングモールでも少し高級感の漂う店作りをしているアクセサリーショップ。 彼が指差したのはネクタイピンだった。
 
 「……この発想はなかったですね」
 「でしょ? これなら君の希望を最大限に取り込めるかな、って」
 
 どうよ。 えっへん、と胸を張る彼をスルーしてショーケースに並んだネクタイピンを眺める。
 成る程……これなら学校に付けていっても問題ないだろうし、何より常に身に付ける物だ。 値段は折り合いがつくし……うん、完璧。
 
 「これなら、長い事付けられるかと思ってね。 遅かれ早かれ必要な物になるし。 社会に出たら……と言うのはちょっと気が早いけど、どうでしょうか?」
 「十分過ぎますよ。 あなたからこんな名案が聞けるとは思ってませんでした」
 「なんでこういう時まで人を小馬鹿にするかなー」
 「あなたが意味わからないからです」
 「ひどいな、 おい!」
 「声が大きいです」
 
 彼にピシャリと言い放ってもう一度、ショーケースを覗き込む。 やはり、汎用性の高いシンプルな方がいいだろうか。 それとも少し凝ったデザインで個性を主張した方がいいだろうか。
 いやいや、待てよ。 学校にも付けていく事が前提なワケだから、当たり障り無い物の方が懸命かな? でも、シンプル過ぎてもな……簡単に忘れられそうだし……ん〜……
 
 「やっぱさ、そうしてる方が可愛いよ?」
 「ひゃあ!!」
 
 予想外の近さに彼の顔があった。 どうやら私の言葉を気にしていたらしく、顔を近づけて可能な限り小さな声で話したらしい。 妙に低音が耳に響いた。
 と、高鳴る心臓とは裏腹に脳は淡々と状況を分析していく。 どうやら私、思った以上にハプニングにも冷静な判断が出来るらしい。 ただ、対応までは出来ないのが残念と言った所。
 
 「あ、あの、な、何をー! その、声が大きいとは言いましたが! だからって! その〜……なんですか!」
 「……えっと、とりあえず、落ち着こうか」
 
 彼が店内を見回してから、やっと気付いた。 あ〜……もう……絶対に私のせいじゃない……よね?
 
 
 
 
 
 「もの凄い恥ずかしかったです。 嫌がらせですか?」
 「そんなに怒らなくてもいいじゃない。 そもそも君が声が大きいっていうから、ああしたんだよ? それなのにあんなに驚く事無いんじゃない? 後、付け足すなら恥ずかしかったのは僕も一緒。
 それでも、まぁ? 女の子に対する態度としてはどうかとも思ったから? こうしてお茶でも、と」
 「嫌味ったらしい男は嫌われますよ?」
 「……僕の話聞いてた?」
 「耳には入りました。 やりましたねっ」
 「なんで他人事なんだよ!」
 
 どっせい。 ちゃぶ台返しでもしそうな掛け声が今の彼には似合っていた。
 不貞腐れながらレモンティーに口をつける。 何度見てもこういう時の彼は年下にしか見えない。
 
 「まー、でも。 ご希望にはそえましたか?」
 「それについては感謝します」
 
 当初の予定よりはやや駆け足だったものの、納得いくものを確保する事が出来た。
 形は良く見かけるタイプだけれど、先の方に埋め込まれた淡いブルーのカットガラスが印象的な物にした。 個人的にはピンクも良かったのだけれど……男の子だし。
 
 「ハル君も喜んでくれるといいね」
 「ですね〜……いや、きっと喜んでくれる筈です」
 「はは、そっか」
 「……なんですか、その顔」
 
 満足そうに笑う彼にどうにも違和感を感じて、居心地が悪かった。
 と、
 
 「……君って僕の事意味わかんないっていうけどさー、僕からしたら君も相当意味わかんない人なんだけど」
 
 私の言葉を無視して、レモンティーを半分くらいまで一気に飲んだかと思うと、こんな事をのたまった。
 
 「……喧嘩売ってます?」
 「こえーよ! 笑顔で握り拳をプルプルさせるんじゃない!」
 
 ピーチティーで塞がっていたので、自然と左手が握りこまれていた。
 
 「だってさー、何歳? って聞きたくなる程落ち着いているかと思えば、そうしてすぐ怒るでしょ?
 やっぱり子供かなーって思うと、口を開けば馬鹿がつくほどの丁寧語。 まぁ、それは僕だけかもしんないけどさー」
 「大体あなたが……」
 「後は、それ。 そうやって向かってくる割には簡単に引き下がっちゃうし。
 そんなに距離感がわからないかな?」
 「っ!…………」
 
 言葉を被された事、彼の人差し指が私を向いていた事……何よりも彼の雰囲気が大人な風になっていた事が、私を黙らせた。
 視線を私から外そうとしない。 純粋なようで、ぞっとするほど深い目をしている。
 
 「まー、何よりもプレゼントに悩む姿があまりにも歳相応でびっくりしたってのが一番の理由だけどねー」
 「ほぅ……私は年増にしか見えない、と?」
 「おっと、こりゃ失礼……いや、ほんとゴメンて、だからその左拳をオープンしよう? ね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「何も叩く事ないと思う」
 「殴る、じゃなかっただけ感謝してください」
 
 帰り道、カーラジオから流れる曲が途切れるのと同時に終始無言だった彼がそう漏らした。
 
 「おかげでレモンティー最後まで飲んで無かったのに置いて来ちゃったじゃない。 その癖自分はちゃっかり持ち帰ってきてるし」
 「自業自得です」
 
 むー。 と口を尖らせた彼の頬はやや赤い。 犯人はもちろん私。
 
 いやー、いつも君は美しいよ? うん。 さっきは言い方が悪かったかな? ……そう、いつもは熟しているっていうか?
 
 流石に殴るのはまずいかと思って拳を開いた途端、こう口走りやがったので開かれた拳のまま当初の目的を実行したのだ。
 結果、そのまま本日二度目の戦略的撤退。 今の状況に至る。
 
 「さっきはああ言ったけどさ……」
 「なんです?」
 
 車が発進する時の重力を感じつつ彼を見た。 当然彼の視線の先は前方。 それでも、私の視線くらいは感じてくれているのではないだろうか。
 
 
 
 「今の君との関係、結構気に入ってるんだよね。 歳の差とか、先輩後輩とか、何もかも微妙でさ。 その中途半端な感じがすごい新鮮なんだよ」
 
 
 
 彼が小さく呟いたのは、そんな言葉だった。
 
 あぁ、まただ―――
 彼の雰囲気が掴めなくなる。 遠くて、深い……そんな感じ。
 
 彼も、私に対してそんな感覚を持っているのだろうか。
 
 
 
 「君は……どう?」
 
 ちらり。 私を見る彼に、前見て運転しろ、と前方を指さす。
 少し肩をすくめてから彼は視線を元に戻した。
 
 
 相変わらずカーラジオからはテンションの高い曲が流れている。
 
 
 
 「私も、です」
 
 
 
 その曲に紛れ込むように小さな声で私は言った。
 返答が無かった為に彼に届いたかどうかは定かでは無いが。

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