ムカツクあいつ。

「なー柊ー」
「何よ? 私は時間がないの。手短に話して」
「おっけ。数学の宿題みせ……」
「却下」

これが、私と谷本の日常だ。






私、柊 麗華 [ひいらぎ れいか] と谷本 公平 [たにもと こうへい] は高校で始めて出会った。
すべての原因はそれに尽きると私は思っている。




― 一年前 ―

クラス分けの表を見て、意気揚々と教室へ行った私。なぜか私の席(黒板に書いてあったから間違いないはずだ)に知らない男子が座ってた。っていうか、突っ伏して寝てた。

「どうしよう……」

私は、仲の良い友達とは離れ離れで、知り合いと言ってもただ同じ学校だった子がいるだけだった。
誰にも話しかけられない。

しかも結構格好いい感じなルックス。

「あ、あのぉ〜?……」
「ん……」

精一杯の勇気で話しかける。初対面だからなるべく丁寧に。
すぐに反応が返ってきた。良かったと胸を撫で下ろした私にその男子は言った。いや、言いやがった。

「あー……眠いんで、放っといて……んじゃ」
「は……はい……」

あからさまに眠たそうな顔をしているその男子。
おぼろげな視線が私を通過していく。
……って、待て。待て待て待て。

「違うよ! その席私のだから!」
「え〜……いいじゃん……少しぐらい……この席ちょうど良いんだって……」

慌てて揺さぶった私にそいつは迷惑そうな顔で言った。
あからさまな表情にカチンと来た。もう初対面とかそんなの知るか。

「何がちょうど良いのよ!?」
「風とか、太陽の光とか、そのへん」
「っていうか! 私の席ってわかってる!?」
「……わかってないって事で、よろしく」
「明らかわかってるでしょ!」
「うんにゃ、わからないですよ?」

今にも寝そうなのに、返事はきちっと返ってくる。
変なヤツだ。それが私の第一印象だった。






「いいじゃねーかー! そんなだから男できねーんだよ!」
「はぁ!? 関係ないでしょ!」
「いーや、関係あるね。お堅い女は絡みづらいですから」
「誰が堅いって?」
「お前」
「うっさい! 馬鹿!!」

思い切り殴ってやった。グーで。鳩尾を。
まともに入ったらしく、前かがみになる公平。ざまあみろ。
宿題忘れて怒られてやがれー。

「なー一年からの付き合いだろー?」
「非常に残念で超不本意ながらね。許されるならクラスわけを決めた人を殴ってやりたい気分だわ」
「俺は感謝感謝だけどなー」
「えっ……?」

一瞬。
胸が大きく高鳴っ……

「だってお前便利じゃん」
「……歯、食いしばれ、顔面に紅葉饅頭の跡つけてやる」
「うわ、恐!」

おーけー、私が馬鹿だったみたいだ。
前言撤回。駄目だこいつ。
本気で腐ってやがる。

「綺麗で頭が良くて慈悲深い麗華ちゃん! お願いだ! 一生のお願い! この通り!」
「あんた切り札(一生のお願い)何回使ったのよ!?」
「…………」
「…………」

変な間が出来た。
あれ? どうした?

「えっと……あれ……?」

首を傾げながら目を白黒させる谷本。
なんだこいつ?

「つっこむ所ってそこ……?」
「どこにあったのよ?」
「いや、いいんだけどさ……」
「な、何よ! 言いなさいよ!!」

そこはかとなく、負けた気がする。
なんだ? 私、変なこと言ったか?

「まあ、うん、別にいいか。じゃあ14回ぐらいって事で」
「はぁ!? そんなに使ったっけ?」
「いや、たぶん普通に越えてるかと……」
「あんたには呆れるわ……」

結局根負けした私は宿題を見せてやることになった。
うーん……やっぱり気になるなー。







「っていうかさ、ぶっちゃけた所どうなの?」
「ユキさん、何の事でしょうか?」

放課後、部活に行くまでの十数分。
特に仲の良いグループ五人で話してる途中。突然、それはやってきた。

「何って! 谷本よ谷本!」

ぐいっと顔を寄せて聞かれる。
近い! 顔近い!

「あいつが……どうかしたの?」
「付き合ってるの? やっぱり」
「はぁ!? ありえないって」

なんであんなヤツと。
爆笑する私を四人はジト目で見ていた。
あれ? 今日はなんか変だ。

「えー? だって仲良いじゃん」
「仲良いイコール付き合ってるなの?」
「そーだけど! 二人はなんか違うんだよ!」

横から別の子がまた顔を寄せてくる。
だーかーらー、近いってー。

「第一、あっちが勝手に絡んでくるだけだよ」
「って事は自分から話す気もなし?」
「もちろん、ナッシング」



「でもさー、谷本って中学の時は普通にモテてたんだよねー」
「はぁ!?」



ポツリと言ったその一言に思い切り、声を挙げた。
それはもう廊下中に響き渡るぐらいに。

「ミキって同じ学校だったの!? っていうか、なんでなんで?」
「んー……ルックスも悪くないしさ、むしろ良いぐらいだし。それに話しやすいキャラだから……」
「ふうん……」

確かに、言われてみれば、そうか。
私だって最初はそう思った。……まぁ出会いが出会いだったからすぐに意識しなくなったけど。

「滅茶苦茶モテる! ってわけじゃないんだけど、クラスの何人かはいいなって思ってる……みたいな」
「へ、へぇ〜……何がいいんだか?」

なんでなのかわからない。
だけど、確実に私の胸はざわついた。

「それにさ、結構優しいらしいよー」
「そーなんだー」
「えっ、じゃあ今もモテてるかもよ!?」
「確かに、言われてみると谷本もイイよね? 恋愛対象になるキャラじゃないから、わかんないけど」
「だよねー私も思う」
「それ言ったらさ、隣のクラスの……」


私を置いて、四人の会話は進展していく。
なぜか、胸のざわつきが収まらない……あれ? 私、こんなキャラだったか?



「…………なんで、あいつなんかと」



その言葉は自分の言葉とは思えないほど、不思議な響きを持っていた。







帰り道、ふと、中学の時に好きだった先輩を思い出した。
バスケが上手で、格好良くて、優しくて、頭良くて……完璧って感じな、あの人。

「元気かな?」

噂では進学校に通っているらしい。
すっごい、遠い人なんだと思う。
まぁ、中学校の時から、遠い存在だったけど。

「って……何よ……まだ引きずってる……」

何、センチメンタルになってるのよ。
終わったじゃない……告白も出来ないまま、先輩は卒業しちゃって……
今では、はっきりとは思い出せない先輩の姿、それがなぜか、谷本が重なる。

「なんであいつが……」

むかつく。なんであんな奴が先輩に重なるのか……
大切な思い出が谷本で埋め尽くされるような気がした。

「あー……今日の私は変だな」


「いつも変だけどな」


「ぎゃあ!!」

突然現れた、そいつ。谷本。
心臓が高鳴った。

「お前さ、もっと女の子らしく出来ない? 『きゃあ!』とかさ」
「うわ、何その声? 気持ち悪ー」

よし、上手く話せてる。
ちょっと安心。

「ひでーなー、せっかく今日は部活が休みになったから一緒に帰ろうと話しかけたのに」

あー……そうか、こいつも電車一緒だったな。
普段は谷本が男バスの練習で遅いから会わないんだった。

「その割には失礼な事言ってたけどね!」
「あれー? そうでしたっけ?」
「言ってましたー。これから宿題は自分でやりなよ」

いつものように言い返して、言い返されて。
今日もいつものように終わるはずだった。
そして今機嫌が悪いけど、明日には忘れて。
また、日常がくるはずだった。
次の一言さえ、無ければ。





「そんな事言うなよー。いーじゃん、俺達の仲だろ? 付き合ってるようなモンじゃん?」
「…………っ!」







いつもなら言い返して、冗談で、ハイ終了。のはず。
だけど "今日" は違う。

ユキ達の言葉がフラッシュバックする。

先輩の面影がこいつと重なる。
憧れの先輩と谷本が重なる、その事実に嫌悪感を抱いた。
どんどん、先輩が、大切な私の恋が、思い出が、私の中から消えていく。
そんな気がして、恐かった。

「……ざけないでよ……」
「ん? なんだ?」

いつもの調子で、言い返すのを待つ谷本。
それが、嫌悪感を増幅させる。

「なんだよーちゃんと言えって、麗華ちゃん?」

たぶん……いや、絶対に、谷本に悪気は無い。
いつもの私達のつもりだったんだろう。
実際、こんな会話は何度もしている。

でも、私が今日は違った。

たまたま、機嫌が悪い。それだけだ。
ただ、そこにちょっと変なモノが紛れ込んだ。しかもそれが一度に来た。
しかもそれらは固まって、重なって、大きくなって、嫌悪感になってしまった。

普段なら冗談で交わせる。
でも今日は無理だった。

嫌悪感が膨れに膨れて、ついに関を切ったように溢れ出た。
駄目だ。言っちゃ駄目だ。漠然とそんな事を考える。

「誤解されるような事言わないでよ!」
「え……?」

目を見開く谷本。
違うんだ、あんたが悪いんじゃないんだよ。
でも、そんな考えと口はリンクしていなかったらしい。
酷い言葉は、浮かんできては、私の中で消えてゆく。

「ふざけないでよ! なんでそんなに私にちょっかい出すのよ!」
「お前……何言ってんだよ……」
「バカじゃないの!? 少しは考えなさいよ!!」
「な、ちょっと待って……」
「あんたなんかと誤解されたくないのよ!」
「待てって……」
「いっつもいっつもくだらない事ばかり!!」
「な……おい……冗談だよ、な?」
「いい加減、飽きたの……」
「冗談って、言ってくれよ……」
「飽きたのよ、あんたなんかと話すのは!!」

口だけが動いている。そんな感覚。
谷本と会話は噛み合わない。そりゃそうだ。
私自身、何を言ってるかわからない。順序とかも関係なく、ただ、言葉をぶつけているだけだから。

言葉を発し続ける口だけ、誰かに操られているんじゃないかとすら思う。
バカみたいにしゃべり続ける私の口。その割には、頭は冴え渡っている。

まるで、自分を少し上から傍観者のように眺めてるみたい。

それくらい、意識と行動が結びつかない。
信じられない、そんな顔をしている谷本もちゃんと、見ている。理解できている。
あー私って器用なんだ。
そんな事すら、場違いにも、思ってしまう。

「正直迷惑なのよ! あんたなんかと付き合ってるって思われたり!」
「な、なぁ……」
「迷惑なの! なんであんたはそうなのよ! なんで、なんで――――」



―――なんで、私の大切な思い出にまで出てくるの?



「なぁ、柊……あの……」

そう言って谷本は私に手を伸ばしてきた。
その手は何を意味するのかわからない。
けど……


―パンッ―


春の爽やかに晴れ渡る空に、乾いた音が響いた。





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