ムカツクあいつ。

初めてのはっきりした、拒絶。
家に帰った俺はまだ現実味が無くて、未だにはっきりと自覚できなくて。
心が拒絶しているようで、半分諦めているようで。

言葉に出来ないモヤモヤを抱えて、

少し赤い、弾かれた右手をただ呆然と、意味もなく、眺めていた―――







―パンッ―

気持ちいいくらいの音を響かせて、俺の右手は弾かれた。

「…………!」

ドクン、ドクン―

「もう、止めてよ……お願い……」
「な……おい……」

ドクン、ドクン、ドクン―

「おい! ひいら……」

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン―

手を伸ばしても届かない。
あいつの後ろ姿がどんどん遠くなる。

「なぁ、待てよ……」

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン―

足元が崩れ去る。って、こういう事なんだな。
膝が震える。体の力が抜ける。
足が……動かない。

「待って……くれ……よ」

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン―

膝が震える。声が出ない。息が詰まる。

「ひい……ら……ぎ……」

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン―

心臓の音が無駄に速く、強く、響く。
次第に呼吸が出来なくなってくる。

「ひ……い……ら……ぎ……」

ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン―







ドクン―――――












「くそっ……」

思い切り、ベットを殴る。
ボスッと音がして、そこだけが凹んだ。
そして手をどけると、もとに戻る。

「あーもー……なんなんだよ……」

投げやりに呟いて、ベットに倒れこんだ。
ふかふかの布団が疲れた俺の体を包み込んでいく。





俺と柊は高校になって初めて出会った。
特に意味もなく、ドラマとか、小説とか、漫画とか、そんなのに出てくるようなドラマチックでもなんでもない普通の出会いだった。

……いや、俺があいつの席を問答無用で占拠してて、困ったあいつが話しかけてきたのが最初だから……あぁ、十分変だな。

名前の順で、最初の隣になったのがあいつで。
次の席替えの時に隣になったのもあいつだった。
そんで、仲良くなって、そしたら面白いぐらい意見が噛み合わなくて。
それでも、あいつは糞真面目に意見をぶつけて来て……

― 目玉焼きに醤油だと? ふざけんな、ソースだろうが!
― はぁ!? ソース!? 日本人なら醤油でしょ!? あんたこそふざけんなー!

初めての喧嘩だった。
今思うとくだらねー。でもその時は本気で放課後まで意見をぶつけ合った。気付いたら七時だった。部活も休んでた。

ちなみにあの後、実は醤油も試した。正直、醤油には驚かされた。
でも、なんか悔しかったからあいつには言ってない。



「あー……くそ」


今でもそうか。
大して成長してない。会話のレベルは一向に上がる気配を見せない。
でも、それで良かった。それが良かった。
少なくとも、あいつもそう思ってるもんだと、思い込んでた。


― そんな事言うなよー。いーじゃん、俺達の仲だろ? 付き合ってるようなモンじゃん?


だから、あれも冗談のつもりだった。
頭の中で自分のその言葉が壊れたラジカセみたいに、エンドレスリピートする。

― 付き合ってるようなモンじゃん?

いつものように、俺が馬鹿な事言って、あいつが糞真面目に反論してきて。
それを俺が茶化して、また、あいつが。

そんな風にいつもと変わらない、やり取りをしながら帰るんだと思ってた。
少なくとも、その瞬間、俺はそう確信してた。

「でも……違ったんだよな……はは、調子に乗りすぎた……」

溜めてた何かを吐き出すような、言葉。
自虐的につぶやいたその一言に、空気を振動させる以外の意味は持たない。
カチ、カチ、と、時計の秒を刻む音だけがする。

「…………」

あいつは大丈夫。なんて保証も無い、なのに自信だけがあった。
一年の間も一度もそんな事は無かったからなのか、なんとなくそう思ったのか。





それとも、

あいつの事をそれだけ、信用してしたからなのか。





「でも、なんでなんだよ……」

苦し紛れに呟いた声も、虚しく消えていく。

「なんで、なんだよ……」

俺が言った事が気に障って、むかついたんならそれでいい。
嫌いになったのならそれでいい。
ずっと我慢してたのが爆発したなら、それでもいい。

どんな理由であれ、俺を嫌いになっただけなら、それでいい。

だけど、なんで……

「なんで……お前……」



今にも崩れちまいそうな顔をしてたんだ? ―――






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