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「あ〜ぁ、彼氏どころか啓吾君除いてまともな男友達一人できないな〜」
「諦めろ。お前みたいな奴と付き合いたいなんていう物好きはそうそう居ないだろうから」
この日も薫と諒は二人そろって登校していた。
もちろん先日のように全力疾走をする事もなく、実に穏やかな登校風景となっている。
すれ違う男子生徒がちらちら薫を見ているが、当人は気づく様子もなく幸せそうに諒と話しながらお弁当のから揚げに思いを馳せていた。
「ひっどーい。でもさ、真剣になやんでるんだよね。恋とかもしてみたいしさ〜」
「まっ、頑張れば?」
「今どうせ無理だって思ったでしょー!!」
実際に薫は彼女が思う以上に一部男子生徒から人気を集めている。
理由としては薫自身の容姿が若干幼く見える上、行動もどこか子供じみているのが手伝い、
「守ってあげたくなる」という理由が大半を占めている。
ごく少数の男子生徒にとってはある意味ピンポイントである薫だが、これまで一度も告白らしきものは無い。
「よくわかってんじゃん」
それはやはり諒という存在が大きく関係している。
即ち、諒と薫の関係をいくら当人達が否定した所で、周りは一旦下した結論を覆そうとはしなかったのである。
「もぅいいよ……はぁ〜あ、私って本当に駄目だな〜……」
そんなわけで薫はなんだか間違った方向に解釈が進んでいってしまっている。
もちろん、諒は薫が人気を集めている事を十分にわかっているし、登校途中に見られる薫への視線にも当然気づいている。
だがしかし、なぜだかそれを薫には話そうとしない。
まぁ、そんな策略(?)もあり、薫は今まで恋愛とは無関係である。
Episode 2
― 共通項とそれに伴う不機嫌 ―
「おっ、美咲と啓吾君だ。おっは〜!」
前方に親友を見つけた薫は走り出し、諒も慌ててそれを追った。
「美咲おっはよ〜」
「おお〜! おはよ、今日は早いじゃん」
薫とはまったく別の要素……つまり、大人っぽさがあるという点で男子に大いに人気があるのが美咲である。
上級生にも狙っているという噂が多々あり、啓吾の気苦労は絶える事を知らない。
実際に食堂などに行けばわけもなく会った事もない人間に睨まれたりしている。
「眠そうだな、宿題に時間が掛かったのか?」
「あんな物に時間なんか掛かるわけないだろ……もしかして掛かったのか?」
「……薫のせいでな」
一度、諒は見られることについて相談した事があった。
そんなの一回一回気にしてたって、どうしようもないでしょ?
疲れないかと聞いたときの答えがこれだった。なるほど、全くもってその通りではある。が、出来ればそう思うまでの行程を知りたいものだと諒は思った。
と、
「さて、じゃあ皆で競争でもしよっか?」
「いいね〜美咲! じゃあレッツゴー! ……あっ、私達のどっちかが一番だったらジュース奢ってね?」
満面の笑みを向けて美咲が言った。
突然の提案に疑問府を浮かべる諒と啓吾とは対象的に速やかに美咲はスタートを切る。
少し遅れて薫も駆け出した。
「「あっ、えっ、おい!!」」
この後、不意をつかれた男二人は薫と美咲にまんまとはめられた格好でジュースを奢る事となった。
昼休み。四人は学食に居た。
理由は一つ。薫がかなり楽しみにしていた唐揚げ弁当を忘れたからである。
「はぁ〜……マイ・唐揚げ……」
「まだ言ってんのか? そろそろ諦めてうどん食え。っていうか自業自得だ」
「うわぁ〜ん!! 美咲〜、啓吾君〜」
よよよと美咲にすがりつく薫。
この行動に反応した人間が食堂内に数人居たはずだ。
「諒君ひっど〜い」
「うっ……」
美咲にジト目で見られ、諒は一瞬たじろいだ。
薫はその一瞬の隙を見逃さない。
キュピーン。
と自分で擬音語を言ってから箸を持ち替え、諒の弁当に迫る。
「いただき!」
「あ〜〜〜! 卵焼きが!!」
物凄い速さで薫が諒の大好物である卵焼きを奪取し、自分の口へ放り込んだ。
「あぁ……今日は久々にダシ巻きにしてもらったのに……」
「ほーら、私の気持ちがわかったでしょ?」
しっかり味わってから、これでもかと言うほど嫌味全開で言う。
「けっ……もとはといえば忘れるから悪いんだろうが……」
「なによー! 朝早くに家に来て諒が急かすから悪いんでしょー!」
と言いつつ今度は一口ハンバーグが薫の口の中へと消えていく。
次の標的はウインナーだろう。
「こら! ……大体先週お前はこれから俺の時間に合わせて早起きするって言っただろ!」
「えっ……そうだっけ?」
「……もういい」
「ごっめ〜〜ん! でも仕方ないじゃん? 私、朝弱いし」
「あっ、薫も朝弱いんだ?」
突然、啓吾と話していた美咲が大きく体を乗り出して割り込んできた。
と同時に啓吾がトイレと言って立ち上がった。が、美咲が振り向く事なく腕だけで捕まえた。
「そ〜なんだよな〜……いくら起こしても起きねーし、やっと起きたと思ったら立ったまま寝てるし……」
「あはは、啓吾と一緒じゃん」
「「啓吾(君)も!?」」
「……うっさい」
いつもより五割増しで低い声に視線を移す。薫と諒の視線の先にはあからさまに不機嫌な啓吾が居た。
そして不機嫌ついでなのか、啓吾の箸が諒のウインナーをがっちりホールドしていた。
啓吾と気まずい時間を過ごしつつやっと放課後。やっぱり彼らはいつもの喫茶店に居た。
「……ふん」
「ごめんなさい! だからそろそろ機嫌なおしてよ〜」
「美咲ちゃんも謝ってるんだから許してやれよ……」
「朝の弱い者同士仲良くしよう! 啓吾君!」
……一人、なんだか趣旨の違うコメントをした人間がいたが気にしないでおこう。
「ねぇ〜……どうしたら機嫌なおしてくれる?」
「…………」
「ね〜〜ぇ〜〜」
「…………」
もしかしてこれはこの前の仕返しに使えるのではないか? ふと薫の頭にそんな邪な考えがよぎる。
すろと、良からぬ考えが頭を巡り、ついには笑いさえこみ上げてくる。
「ふふふ……」
その経緯を一部始終見ていた諒は恐怖のあまり悪寒さえ覚えた。
「じゃ、じゃあさ美咲、アハンでウフンな事してあげれば!?」
そして薫は自分の考えを実行に移した……が……
なんでだろうか。何かが間違っている気がしてならない。
「「「「…………」」」」
そして一瞬(いや、かなりか?)の沈黙の後、
「帰れ、ガキ」
「……おぅ」
思い切り溜めて、溜めすぎて圧縮された美咲の冷ややかな一言により薫は撃退された。
「……ガキじゃないもん」
涙を目いっぱいに貯めつつそれでも攻勢に出ようとする。
中々に痛々しい光景だ。
「アハンとかウフンとか微妙に恥ずかしがってる時点でガキ。お子ちゃまは帰ってアニメでも見てなさい。NHKで」
「なぜにNHK!? っていうか恥ずかしがってくれてもいいじゃん!!」
「じゃあね、あんた。もうちょっとマシな事言ったらどうなのよ!?」
「例えば……?」
止めときゃいいのに……
「えーと……耳貸して」
「何……?」
「――――――とか、―――――とか?」
「えええええええええ!?」
「これぐらいの事言いなさいよ〜そうしたらお姉さんは照れてあげてもいいわよ〜〜」
何を言われたか知らないが、茹でた蛸のように真っ赤になり、マシンガンのように無理を連呼する薫。
そして同時に悟ったらしい。
「やっぱ、美咲には敵わないよ……」
いくら良からぬ考えが浮かんだところで何も変わらない。薫は薫であった。
そしてもう二度と美咲と薫の力関係も変わる事はないだろう。
「でさぁ〜……そろそろ機嫌なおしてよ〜啓吾〜……」
「…………ふん!」
自分が不機嫌なのに話題から完璧に外された事が相当くやしいらしい啓吾はさらに不機嫌になっていた。
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