A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring

「お前のその断固抗議の姿勢はよ〜くわかった。だからそろそろ起きろ、薫」
「ふんだ! 不貞寝してやる〜!」

先日とは打って変わって、今日は薫が不機嫌だった。
原因は先日の彼女自身のアハンでウフン発言にある。

この発言の当初彼女自身も微妙に恥ずかしかったが、美咲に少しからかわれるだけですんでいた。
が、何日かして、薫もやっと忘れてきた時期を狙ったかの如く美咲が言いふらしたのだ。しかも若干誇張ぎみで。
まぁ、そんなわけで。

「お〜〜い、起きないと先生来ちゃいますよ〜薫ちゃん?」
「きゃ〜〜〜! 薫ちゃんって可愛いーー!!」
「か〜お〜る〜ちゃん!!」

というような状況になっている。尚、諒も数分前に冗談めかして薫ちゃんと呼んだため、薫には敵と判断されている。
「…………皆のばかぁ〜〜〜!!!」

うわぁ〜んと泣きながら突っ伏す薫だが、それではクラスの人間を盛り立てる一方だ。しかし、それに全く気付かない。

「本当に可愛いね〜〜〜薫ちゃんって!」
「クラスのマスコットね〜〜薫ちゃんって!」
「今日の日直を薫ちゃんって書き換えとく?」

尚、クラスの掲示板に貼ってある座席表の名前は既に加工済みだ。

「おっはよ〜薫ちゃん居る〜?」
「むっ……美咲か!!」

平然と現れた美咲の姿を見つけた薫が急に立ち上がり美咲をビシっと指差した。なぜか中指で。
どうやら気持ちばかりが先走っているようだ。

「どうしたの〜? 薫ちゃん?」

なおも平然としている美咲の姿に流石に堪忍袋の緒が切れたらしい薫は叫んだ。

「もうガキなんて言わせない!! この前言われた事、言ってあげるんだから!!!」
「どうぞ〜言える物なら言ってみなさ〜い?」

挑発的な美咲。ついに薫は意を決して口を開いた。が……

「………………」
「やっぱ帰れ、ガキ」
「……に、二回目」

やはり薫は薫である。
そもそもそうゆう類の話にまったく無関係だった人間が簡単に言えるはずもなく、美咲の前にあえなく撃沈した。

「大丈夫か?」

心配そうに美咲の後ろから顔を出したのは啓吾である。

「啓吾君〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「おいおい、すがりつくなよ……薫ちゃん」



……薫唯一の希望が打ち崩された瞬間であった。





Episode 3
― 建前と本音 ―





「でさぁ! 聞いてよ!! 皆! 特に美咲!!」

今は体育の授業であるが当の体育教師が出張で居ない為自習となり、女子だけとなった教室で一人の女子生徒が声をあげた。

「いやさ、さっき城山君にさ……」
「またそんな話〜? いい加減聞き飽きたって」
「いいじゃない? 私は楽しいよ〜美咲〜」
「薫、うっさい」

ちなみに薫は先ほどの休み時間の際美咲が缶ジュースをくれた為、手のひらを返すように機嫌を直した。
なかなか彼女のプライドは安いものである。

「ほんと、嫌になるわ〜……」

ふぅと一つため息をついて美咲はグランドに居る啓吾を探すように目を外にやった。

美咲が嫌がっているのにはそれ相応の理由がある。
近頃、女子が集まったときの話題は大抵美咲と啓吾についてのものなのだ。
もちろん、入学当初からある程度騒がれていたのだが、それは憧れのようなものだったので軽くあしらえていたし、周りがいくら騒いでも彼女自身が気にする事は無かった。

この程度なら問題は無いと侮っていた。それが間違いだった。

それが、近頃ではなぜ付き合っているのか? どこがどう好きなのか? というような疑問へと変わってきているのだ。
そうなってしまえば二人が質問攻めに遭うのに時間は掛からなかった。
最初は笑って誤魔化していた美咲も、いい加減嫌になってしまうのも仕方無い事と言える。

「あ〜もう本当にヤダ……」

美咲はいつものように無視を決め込もうとしたが、今日は違った。

「でさでさ! ついさっき城山君に美咲の事どれぐらい好き? って聞いたのよ!」
「……って、あんた何聞いてんの!?」
「だって気になるじゃん?」

悪びれる様子もないクラスメイトに軽い頭痛を覚える美咲であったが、若干メリットを感じたのでそれ以上攻めなかった。

約二年間付き合い、自分では今もその愛情は続いていると思っている。
だが、周りと比べると二年という時間は余りにも長く、
若干心配になってきたので聞いてみたいとは思っていたものの、今さら聞けない質問であったのだ。

「で……なんて言ったの?」

質問の答えが聞きたい美咲。
しかし、なんとなくむかついたので不機嫌なオーラを放出してみる事にする……が、大した効果は得られなかった。

「それがさ〜……ふっつ〜〜〜〜〜〜に "あぁ、うん、普通に" だって!!!」
「「「なにそれ〜〜〜!!!!」」」

一斉に非難にも似た声が上がる。
薫が若干調子に乗って「美咲ってあんまり好かれてないんじゃないの?」とか言い出したので美咲は思いっきり薫の頬をつねっておいた。
もちろん手首を返す事も忘れない。

「ねぇ、城山君ってひどくない!?」
「いつも素っ気ない感じだけど流石にこれはねぇ〜……」
「美咲、ショック受けたりしちゃ駄目だよ?」 

周りは同情したり啓吾に憤りを感じていたりするが、美咲の反応は以外なものだった。

「えっ? 美咲? どうしたの?」

薫が美咲を見ると、美咲は必死に笑いをこらえている。

「えええ!? 美咲!? ついに狂った!?」
「ついにとか言うな!」
「はふ! ……ほ、ほめん……」

その様子に気が付いた周りも驚きを隠せずにいる。
> 「なんで!? どうしたの!? 悲しくないの!?」
「い、いや……ちょっと待って……」

また笑いがこみ上げてきたらしい美咲は二つ、深呼吸する。

「いや、啓吾らしいなって思ったら、自分が馬鹿みたいでさ」
「「「へっ……?」」」
「なんでもなーいよ……ふふっ」
「「「なによそれ!?」」」

その日、美咲は何を聞かれても嬉しそうに笑うだけだった。
そして薫はその日、美咲に二回もつねられた頬が少し赤いまま直らなかった。










夜。久々に薫は窓を伝って諒の部屋に居た。
話題はもちろん昼間の体育の時間にあった話についてである。

「でね〜、こんな事があったんだ〜」
「ふ〜ん……だから美咲ちゃん今日一日中機嫌良かったんだ」

一人合点し、うんうんと諒は頷く。

「まぁ、そういう事。美咲は満足かも知れないけどさー……意味わかんないこっちはモヤモヤしっ放しだよ」
「……あのさ、啓吾の性格考えてみ?」
「へ?、」

一体なぜ? とも思ったが薫は素直に考えてみる。導き出された答えは以下の通り。
・無口
・無表情
・温度低い
・ツンデレ疑惑あり(?)

「あの啓吾が素直に大好きだ〜って言うと思うか?」
「あっ……確かにね……」

一番最後の項目に突っかかりと覚え、思案していたが諒の声で我に返る。

「まぁ、俺の予想だと大方……なんて言ったらいいかわからなくて結局素っ気無い言葉になっちまったんだろ」
「うっわ〜それリアルに想像できるよ〜……」
「まっ、美咲ちゃんはそれが直ぐにわかって、そんで笑ったんだろ? 自分は心配してたけど啓吾は啓吾だって改めてわかったから」
「なる程ね〜」

満足そうな笑みを向けてくる薫に諒はため息をつく。
そして一言。

「……英語の宿題だろ?」

文脈も何も無いが、核心を突く一言に空気が停止する。
薫の表情は満足そうな笑みのまま硬直している。諒の疑いが確信へと変わった。
そして、

「……いぇす」

たっぷり数十秒、硬直から解けた薫の搾り出された様な小さな声を境に時間を取り戻す。

「あのな、お前の考えてる事くらいわかるっつーの。わざわざ違う話題から入る、なんてクッションを置くな」
「う……」

ぽす。

しゅんと俯く薫の頭に軽い衝撃。
驚いて顔を上げる。すると、視界にはぶっきらぼうにノートを突き出す諒の姿。

驚き半分喜び半分。薫の表情が輝く。

「ありがとー!」
「さっさと戻って写しとけよ、この前みたいにお前に引っ張られるのはゴメンだ」

もう一度感謝の言葉を残して窓から薫は出て行く。
残された諒。少し物悲しさを感じた。

ため息を一つ落とす。

「全く……俺も甘いな……」

そして、やや満足そうに呟いた。
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