A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring

「薫〜!? いい加減早く起きなさい!! 何回呼んだと思ってるの!? もうちょっとで諒君が迎えに来るわよ〜!!」
「あと3分35秒〜……」

朝。
彼女、波川 薫は母親の呼ぶ声に対して布団を深く被るという古典的な方法で対抗の意思を示した。

まぁ、そんなわけで彼女は二度寝……いや、もう何度寝かすらもわからない眠りに突入する。
と、突然彼女の部屋の窓が開いた。

「はぁ〜……まだ寝てんのかよ……そろそろ起きろって」

入ってきたのは諒だった。
いつもと全く変わらない状況にため息を落とす。
布団からはみ出した額をペシペシ叩く。これもいつもと変わらない。

「あと3分35秒〜……」
「いや、もう聞き飽きたから。そのセリフ」

布団を被ったまま先ほどと全く同じセリフを吐く薫。
これほどしっかり発言しているにも関わらず、当人は寝ているのだからある意味才能すら感じさせる。

「ほらほら起きろ。遅刻するぞ」
「ん゙〜〜」

体を揺する諒に不快感を前面に押し出して抗議する薫。
少なからず諒が楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

「おい、起ーきーろー」
「ん゙ん゙〜〜〜!!!」

なおも必死の抵抗を続ける薫。
いつかのようにスイーツがあるとかなんとか言ったら覚醒しそうな気がしたが又怪奇現象的な行動に出そうなのでやめておいた。

「……さっさと起きねーと放ってくぞ……って、おい……」

踵を返した諒であったが、その歩みは止められた。

「……それもヤダ」
「じゃあ、離れろ。っていうか起きただろ?」

いつの間にか布団から出た薫が思いっきり諒に抱きついたからだ。
なぜか膝あたりに。しかもしっかりと諒の両足をホールドしている。

「ぶー!」

頬を思いっきり膨らませる薫。しかしそんな手段は諒には通用しない。
冷静にホールドしている薫の腕を解き、しゃがんで視線を合わせ、微笑みかける。
そして……

「痛ーーー!!」

思い切り膨らんだ頬を指で刺した。





Episode 4
― 朝の風景 ―






「幼稚園児みたいな怒り方してしかも頬を膨らませてたら誰だって突きたくなる」
「だからってそんなにする事ないじゃん!!」
「あ゙〜〜もう……うるさい! さっさと着替えて来い! 下で待ってるから!」

暴力反対とかなんとか叫んでいる薫を鮮やかにスルーして諒は薫の部屋を後にした。
そしてまた寝やがったら本当に放っていこうと心に決めた。と、思いつつも結局は待つのだが。

「あら、諒君、薫起きた?」
「えぇ、たった今起きましたよ。あ、いつもすみません」

テーブルの上には既に二人分の朝食が置かれていた。
薫の母親の分がないのは彼より少し早めに食べ終わったからだろう。

「別に良いわよ。 諒君の場合は仕方ないもの」
「ありがとうございます」
「それにいつもうちの居眠り姫を起こしてくれてるしね?」
「はは……そうですか」

悪戯っぽく笑う薫の母親に諒は苦笑いで返した。

実は諒の両親は共働きでしかも二人共職場が遠い。
どうしても薫に合わせている諒よりも早く出ることになってしまうので、いつからか諒の朝食は波川家で食べる事になっている。
即ち、薫の家に来るついでとして諒はいつも薫を起こしているというわけだ。

「ん〜……おはよ……」
「さっさと食べねーと遅刻するぞ……ぁー……」

やっと起きてきた薫の制服姿を見て頭を抱える諒。

「ネクタイ結び方変だぞ……それとブレザーの襟も変な風に立ってる……ぁー後、ボタンも上の方掛け間違ってるし……」
「んあ……」

さっきよりも眠そうなあたり又睡魔がやってきたのか、と冷静に分析する。

「じっとしてろ」

半分寝ている薫の制服をなおす諒を見て薫の母親はニヤニヤしてしたが、諒は背を向けていたので気づく事もなく、
薫に至っては今まさに眠ろうとしている所だったので気付かなかった。

「ほらできた、……ったく……そろそろ自分で支度しろよな」
「あんがと……むにゃ……」
「二人とも、早く食べちゃいなさい……ほら、薫! いくら学校までが近いと言っても薫が遅刻しないのは諒君のおかげなんだから!」
「んぁ〜〜〜」

この数分後。
波川 薫は眠りながら朝食を食べ終えるという荒業を見せる。





「あふ……」
「……いい加減起きろよ……」

通学中。歩きながら欠伸をする薫に半ば呆れ顔の諒が言った。
それに返事をしつつもやっぱり眠いらしい、薫の欠伸は止まろうとはしない。

「ったく……何してたんだよ……昨日」
「いやさ。昨日の帰りに諒が探してる本があるって言ってたでしょ?」
「あぁ……うん」

間の数秒で過去の記憶から検索する。一件ヒットした。
そういえば限定版の本を探しているがなかなか見つからないと薫に話した覚えがある。

「それでさー、寝る前に気になってネットで調べたりとかしてたんだよね、売ってる店とか」
「……へぇ……」
「あーでも結局なんにもわからなかったんだよね。手に入りにくいってだけで。
 夜中の二時まで頑張ったんだけどな〜」

少し申し訳なさそうにごめんねと付け足した薫に諒はどう反応していいかわからなかった。
自分の事が気になって夜中まで頑張ってくれた薫。
しかしだからと言って、頑張ったんだからどうこうしろとは言わない。
本当に、どう反応していいか迷う。

……諒は彼女の無鉄砲に突っ走ってしまう所は嫌いではない。
むしろ好きなんだと思う。だからこそ、たちが悪いような気がしてならない。
そして……そうゆう部分が自分にないからこそ、少し羨ましくて……なんとなく悔しい。

「まっ、どこかの本屋とかで見かけたら買っといてあげるよ」
「あぁ……うん……サンキュ」
「っていうかさ、隣町の大きな本屋あるでしょ? 駅前の」
「あー確か最近できたばかりの……」

その書店が開店した日、啓吾と美咲が行ってみようと意気込んでいたので印象に残っていた。
確か相当な規模の店だったと啓吾から聞いている。

「今日暇なら行ってみない? 私も興味あるし」
「でも電車賃かかるだろー」

せこい男である。

「いーじゃん、それぐらい! ね? っていうか元々は諒の本探しだしさ」
「んー……じゃあ、行くか」

満面の笑みを浮かべる薫に仕方無いなと言いつつもどこか嬉しそうな諒だった。




寝起きが悪いのは困るけれど。
寝ながら朝食を食べる女子校生もどうかと思うけれど。
なんだかんだ言って、自分の為に寝る間も削って頑張ってくれてたりする。
そしてなにより、薫の笑顔には一生敵いそうにない。
ついつい許してしまう自分が居る。


諒がそんな事をふと思った何てこと無い……いつも通りの朝の風景だった。
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