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「今日は隣の薫ちゃんのご両親とちょっと出かけてくるから、昼と夜は二人でどうにかしてね?」
「二人で仲良くしてるんだぞ? まぁ、日付が変わるまでには帰ってくるから」
「…………」
たまの休日ぐらいゆっくりと自分の為に時間を費やそうと一人画策していた諒の計画は土曜日の早朝、早くも崩れ去った。
意気揚々と家を後にする我が両親に少しばかりの念を送ってみる。
あんた達は楽しいかもしれないがその余波が全部俺にくるんだぞ。と。
まぁ、当然だが彼の両親も薫の両親もそれに気づく事なく、しばらくして車の発進する音が彼の耳に届いた。
「まったく……休日のこんな朝っぱらから子供置いてどこに行くんだよ?」
両親がどこかへ行く分については彼に文句は無い。むしろ推奨したいぐらいだ。
夜中に帰ってきて出掛けた先での話を大人げも無く自慢さえしなければ。
土産の一つでも買って帰ってくるのでならば。
「もういいや……二度寝しよ……」
もう俺は昼まで起きないぞ。そして願わくば明日まで目が覚めないようにと、妙な願いを込めて部屋のドアを開けた。が……
「おっはよー、お母さん達出掛けちゃったけどご飯どうする?」
「…………」
ズーン。
今まさに諒の状態を表す擬音があるとしたらこんな感じだろう。
Episode 5
― ある休日の出来事・前編 ―
彼の視線の先にはベットを占領する薫が居た。
起きたばかりなのだろう、赤いチェックのパジャマに白いカーディガンを羽織っただけで髪もボサボサだった。
その割には通常の薫に比べると脳が異常な程はっきり活動を開始しているようだ。
彼は思うわけである。
なぜこれぐらいの勢いで平日の朝は起きれないのかと。
どこで間違ってその能力は休日限定になったのだろうと。……おそらく彼女が生を受けたその瞬間あたりからだろうが。
まぁ、彼の経験上それを言った所でどうにもならないとわかりきっているので言葉にはしなかった。
「で、どうしよっか?」
「どうもしたくないんだけどな」
「そんな事言わずにー、ねっ、ファミレス!? ファーストフード!? それとも意外性の追求、出前寿司!?」
「いや、そんな意外性は追求しなくていいから……」
ちなみに、たまには贅沢したいじゃんと食い下がる薫の言葉は無視しておいた。
「じゃあ……どっち?」
「っていうかな、昼はまだなんだから部屋に帰って寝てろ?」
そして明日まで眠っていてくれないかな? と心の中で付け加える。
「えー。目が覚めちゃったしー、二度寝する気にはならないしー、どっか行こ? 久々にショッピングとか。
あ、それと私お母さんにいくつかおつかい頼まれてるんだよね」
「あぁそう、あははは……」
もう笑いしか出てこない。
なんで平日は駄目なんだとか、俺の休日を壊すつもりかとか、なんかもういろいろと通り越して笑いしか出てこない。
「そうだそうだ、美咲ちゃんと出かけたらどうだ? 女の子同士だからそっちの方がいいだろ?」
諒は苦し紛れに思いついた案を提案する事にしてみる。
「今日も啓吾君とデートだってさ」
「あぁ……そう……」
瞬殺だった。いい加減、ここまで上手くいかないと泣けてくる。
そして啓吾に対するよくわからない怒りまでこみ上げてくる。
単純に羨ましいとかそんな気持ちもひっくるめてムカついてくる。
「…………」
しかもなんだ。今日"も"って。
腹いせに空メール死ぬほど送ってやるぞと心に誓う。
「ねーぇーおーねーがーいー!」
「うわー、うぜー」
諒の袖を掴んでブンブンブン。
鬱陶しい事この上無い。
「離せっつーの」
しばらくされたままで居たが、痺れを切らして薫の手を振りほどいた。
反撃に備えたが、それはいつまで経っても来ることは無く、薫は俯くだけ。
「……じゃあ何!? 諒は私に一人寂しく休日を過ごせって言うの!? する事も無くただ寝てろって言うの!?
そして一人でおつかいに行けって言うの!?」
と思ったら見事な逆ギレだった。
「まぁ、できるならそっちを推奨したいな。うん」
「……ひーどーいー! 酷い酷い酷い!! 冷血漢! 薄情者ーー!!」
「何とでも言いやがれ」
「ゔ〜……馬鹿ーー!!!」
極めつけに、諒のアホー! と付け足して窓に足を掛けた。が、なぜかそこでストップ。
ゆっくりと視線を巡らせると、羽織っていたカーディガンが窓についている鍵に引っ掛かっていた。
「「…………」」
気まずい沈黙が二人を包む。
「仕方ねぇな……付き合ってやるよ……俺もCD買いに行こうかと思ってたしな」
あまりにも薫が哀れに見えたのか、呆れたようにため息をついて、諒がしぶしぶ言った。
そして薫は思い切り罵った手前素直に喜ぶ事もできず、かと言って、別にいいよと拗ねるものなら本気で断られそうだったので、気まずそうにカーディガンの引っ掛かった部分を外してベッドに座りなおした。
そんなわけで彼らは近くの繁華街に来ている。
まだ早い時間にも関わらず程よく人通りは多い。
出勤途中なのかサラリーマンを多く見かける。
こんな休日にも本当にご苦労な事だ。
「でさー、友達に聞いたんだけどこの先に新しい服屋が出来たんだって!」
「ふーん」
「ふーん、て……ちょっとは興味示そうよ」
つまんなーい、と口を尖らせる薫。
そんな薫を見てつくづく薫には甘いなと諒は自嘲するように……それでいて少し嬉しそうな薄笑いを浮かべる。
もちろん薫にはわからないように。
そんな諒に薫は怒ったように聞いてるの!? と怒る。
「聞いてる聞いてる、その店付き合えって事だろ? 付き合ってやるよ」
「マジ!? ありがとーさっすが諒!!」
「ただし後で俺の方にも付き合えよ」
「もちろん! どこまででも付き合ってあげますよー?」
ニヤニヤする薫。
とりあえず諒は生意気だと言ってペシンと一発叩いておいた。
数時間後。
「ねーぇー、どっちが良い?」
「…………」
二つのプリントシャツを差し出して聞く薫。
その問いに対し、諒はあからさまに疲れた顔で返した。
「何、その顔?」
「別にーなんか立ちっぱなしで疲れただけだしー」
「うわ、その言い方嫌味っぽ〜い」
「嫌味だからな」
なぜなのだろうか。諒は思う。
シャツ一枚だけでなぜこんなにも迷うのか。
別にいいじゃないか。
どーせ上からもう一枚なんか羽織るんだろ? そう考える。
そんな諒をよそに服を選ぶ薫の顔は実に楽しそうだった。
「お前さ……少しぐらい悪びれてくれない?」
「何が?」
薫の買い物のみで昼になってしまったので近くのファミレスで昼食を摂る事にした二人。
諒は薫の横に置かれた先ほどの店の袋を見てため息まじりに言った。
そして、それだよと言わんばかりに指をさす。
そこで薫はあぁそれ? と初めて気が付いた。
「だってさ、両方良かったじゃん?」
「ソーデスネ( 棒読み )」
その袋の中には薫が悩みに悩んだ二つの服が綺麗にたたまれて並んでいた。
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