A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring

―♪〜〜♪〜〜―

やっと帰ってくる事の出来た諒は早速リビングで買ってきたCDをかけながらくつろいでいる。
のびのびと両親のいない家で居眠りが出来るのは最高に気持ち良い。

この家の全てを手に入れたような、そんな感覚。
自分を咎める人間が居ない。やりたい放題だ。

ソファにもたれ、睡魔に諭されるまま眠りにつきたくなってくる。

「あ〜〜〜!! 分量間違えた!!」

と、その諒を見事現実世界に引き戻してくれる声がした。

妄想にすら時間を割かせてはくれないらしい。諒はとてつもなく嫌そ〜にキッチンの方を向く。
視線の先には鍋の前であたふたしている薫の姿。ここが現実であると感じさせられる。

「あのさ、やっぱ……手伝おうか?」
「いや! 大丈夫!! 男の人はどっしり料理が出来るのを待ってて!!!」
「…………」

なんでこいつはいらん所で無駄なこだわりがあるのだろうか……
諒はいつものようにため息をついて音楽に集中しようとする。

「あっれー? こんなの買ったっけ? ……よし、入れちゃえ!」
「…………」

予定変更……諒はイヤホンをつけて外の音を遮断した。





Episode 5
― ある休日の出来事・後編 ―






事の発端は数時間前にさかのぼる。
やっと薫の買い物が終わり、デパートのCDショップに行くために電化製品売り場のしかもテレビコーナーの前を通ったのが運のツキだった。

たまたま料理番組やっていて、
たまたま薫の好きな男優が出ていて、
たまたま司会者がその男優に「料理の出来る女の人はどうですか?」と聞き、
たまたまその男優が「それはもちろん、料理の出来る人の方がいいですね」といい、
たまたまその言葉を薫が聞いてしまい、
たまたま諒もその意見に賛成してしまったのだ。

その言葉で何かが目覚めたらしい薫は何を血迷ったか「今日の晩御飯は私が作る!」と宣言。
そうなってしまっては薫の性格的に止まらないと思った諒が 無理を承知で止めようとしたが叶わず、勢いのみで現在の状況に至る。

もちろん薫は今までまともな料理をした事がない。
それどころか、小、中学校の家庭科の調理実習ですら作った事はないのだ。
……薫が何か大変な事をしそうなので、あらかじめ下ごしらえ等の味には関係無い役どころしか与えられなかったのは言うまでもないだろう。

そんな薫が包丁を握り、味付けまで一人で行っている。
これで不安を抱かない方がどうかしているといえるだろう。
現実逃避に専念する事にした諒はコンポのボリュームを少し上げて時間が過ぎるのを死刑囚のような気分で待ち続けた。





時間の流れとは、無機質だ。そう諒は思う。
そこに感情の入る隙間など一遍も無く、ただ単調に時間は流れていく。

気を遣う等する事もない。

つまり、だ。
死刑執行の時間はどう足掻いた所で、やってくるのだ。

「さぁ、お待たせー!」
「…………」

薫は始めての手料理を振舞う新妻のような気分で、
諒は天国(この場合は地獄からの方が適当かもしれない)からの使者を待つような気分でテーブルに向かい合って座った。

「…………」

現状確認。カレーライス(推定)からキャベツの芯のような物が見受けられる。
ジャガイモとニンジンはいびつな形に切られている。
後は……何を作ったのかわからない。というか知ったところで意味も無いだろう。
諒は感情でなく理屈で現実を捉える事にしたらしい。冷静に考えられている。
そして結論……

「な、なぁ、薫、お前から食べてみないか? ほら、初めて作ったんだからさ」

自分の健康が何より大切。
自分の安全の為……ひいては薫がこの料理の不味さに気付き、将来の被害者数を一人でも少なくする為、諒は最善であろう問いかけをしてみる。

「んー……じゃあ、そうするー」

珍しく薫が素直に言う事を聞いてくれる。素直にそれが嬉しくてたまらない。
そして薫がスプーンですくい、口に含んだ。

「…………」
「…………」

沈黙が二人を包む。
いつも以上にその空気は居辛いものとなった。

「う゛…………ぁ…………」
「…………」

明らかに目が泳ぎ、作り笑顔も限界を迎えようとしている薫。
良かった……味覚はまだ人間の規格内だったと一安心する諒。

「…………………………うん! おいしいって!!」
「ちょっと待て、何だ? 今の見逃しきれない数秒の間は?」
「と、とにかく!! ささ、諒も食べてみて!!」

料理を勧める薫の目はいつもと微妙に違い、異様な必死さが見て取れた。

「嫌だよ! お前絶対道連れを増やそうとしてるだろ!!」
「ええぃ! この際否定しない!!」

実に男前な割り切り方である。
人間必死になれば目的の為に多少の犠牲は伴わなくなるらしい。

「せめてしろよ!? っていうか俺は食わん!!」
「なんで!!」
「お前がその料理の不味さを身をもって表現しただろうが!!」
「ぐ……な、何よそれ!?」
「そうゆう態度の事だよ!! あと変な汗出てるぞ!!」
「い、いや〜カレーは辛いね〜……」

うん。辛いぞ。と誰に言うわけでもなく念押しする薫。
その間も額に汗は噴き出している。

「ほんとにお願いだから食べて!! 一口!!」
「嫌だよ!! これだけは譲れるか!!」

俺だって命は惜しいんだ。と付け加える。

「…………」
「…………?」

諒が言い切ったと同時に薫が黙り込んだ。
そして……

「せっかく作ったのに……諒の為に作ったのに……」
「い、いや、そう言われてもな」
「酷いよ……諒……せめて一口だけでも……」
「あー……いや……その……」

今までの勢いから一転。
一気に悲しそうな声になり俯いてしまう薫。
諒に対する効果は抜群だ。

「あー……ひ、一口なら……」
「ほんと……?」
「あ、あぁ」

意を決してスプーンですくい、口に含んだ。
諒は知らなかった。
この時薫が作戦成功! 道連れが出来た! と、小さく見えないようにガッツポーズをとり、ニヤリと笑ったのを。

そして諒は……

「……お゙ゔぇ……」

えづいた。
そしてトイレに走り……

「何入れた……お前……殺人的な味がしたぞ……」

しばらくして、ふらふらになりながら帰ってきた。

「ど、どう……?」
「どうもこうもない……っていうか耐え切ったお前に尊敬の念すら抱く……ぅぷ……」

まだ何かが上がってきているようであった。
落ち着けるようにと水を差し出す薫。
さんきゅ。と受け取った諒はそれを飲み干して深呼吸した。

「ところで聞きたいんだけどな、お前さ、毒見……いや、味見した?」
「…………」

沈黙を持ってそれに答える薫。
諒が全速力でトイレに駆け込んだ事が流石にショックだったのか、薫は演技でもなんでもなく、悲しそうだった。
先ほどまで道連れだー! とか考えていたが、それほどまでに不味かったのかとへこんでくる。

「あ、あー……」

そして諒も冗談のつもりで聞いたが薫がいつものように反抗するわけでもなく素直に謝ったので可哀相だったかと思い始めていた。

「「…………」」

又、気まずい沈黙が二人を包む。

「あ、あー……うん、その……だな……」
「……?」
「これは無理だけどな……味見ちゃんとするって言うなら……まぁ……」
「……!!」

一気に薫の顔を輝く。
目を丸くして諒の顔を覗き込んだ。
……男としてはなかなかにグッとくる状況である。

「……ただし自分で食べられると判断してからな」

諒は一瞬照れてからハッとして言った。
薫から視線が逸らしたのは気恥ずかしさからくるのだろう。

「うんうん! ありがとー!!」
「だ、抱きつくな!!」

嬉しさのあまり抱きつく薫、それを諒は必死で剥がした。
今度は顔が赤くなる。

「いいじゃ〜ん! 照れるなよー!」
「お前な、さっきまでのはどうした!?」

そう言われた薫は口に手を当て、考える素振りを見せ、笑顔で……

「えへへー忘れちゃったー」

言い切った。
まるで自分は悪い事はしてませんと言う様に堂々と言い切った。
そんな薫を見た諒はふっと鼻で笑ってから優しい口調で言う。

「……まっ、それで良しとしてやるよ」

その言葉に満面の笑みで答える薫……諒はちょっと安心したようだった。

「じゃあちょっと勿体無いけど片付けよ? 手伝って」
「なんだよ、片付けは手伝えってか?」
「いーじゃん、それぐらいしてくれたって! ね?」
「ハイハイ……片付けたらどっか食べに行くぞ」
「さんせーー!!」

勿体無いなーとか言いつつ食器を片付けていく二人。
もちろんその顔は笑顔である。



この時、並んで流しに立つ二人のその姿は妙にサマになっていた。
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