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「そうゆう訳でな、この前の休みは潰れたんだよな……ほんと、厄日だったよ。応募者にもれなく増量中って感じでさ〜……まぁ応募した覚えは無いんだけど」
ふぅと一つため息をついて諒は運動場に視線を落とした。野球部やサッカー部の様子が窓ガラス一枚で区切った別世界の事のように感じる。
事の経緯を聞いてから納得したように頷いたのは、諒の前に座り面倒くさそうにしている啓吾だ。
「へぇ……それであれか、薫は美咲誘って本買いに行くとか言って早々と帰ったのか」
「なんかもうごめんな?」
「何がだ?」
運動場から視線を移し突然謝った諒に、当然啓吾は疑問の声をあげた。
「いや、薫が美咲ちゃんを拉致ちゃったからさ……ったく……いよいよ猪じみてきたな」
「……別にいいさ、お前が謝る事じゃないし、それ以前に別に俺は怒ってないぞ」
「へっ?」
今度は諒が素っ頓狂な声をあげた。
Episode 6
― " 付き合う " という事 ―
放課後、二人は向かい合って誰も居なくなった教室に居る。いつものように薫と美咲の姿は見えない。
こうなった原因は当然と言うかなんと言うか、先日の諒の厄日……つまり薫が料理に目覚めてしまった日にある。
「よく聞け薫よ、料理というのはだな。本を見てそれの通りにすればほぼ同じ味が出来るんだ」
この様な言葉でなんとか料理本の大切さを教え込み、思いつきのみで料理をする事をやっとこさ止めさせる事に成功した諒。( 後で判明したが薫は思いつきと思い込みのみで料理をしていた )
それに薫の母親に料理をするなら自分の包丁等ぐらい揃えろと言ってもらっただけで安心し、しばらくは薫の料理を封印できるかも? そしてそのまま忘れれば……と半ば希望的妄想を持っていたのが間違いだった。
いらない所で行動力がある薫は放課後に美咲を誘って本屋に行き、ついでにマイ包丁やエプロンまで揃えてしまおうと思い、今日の放課後つまり先ほど何の前触れも無く行動を開始した。
そう、美咲は訳も分からないまま、目覚めた猪娘( 波川 薫 )にあっという間に連れて行かれたのだ。
曲げられない止まらない。流石は猪娘である。
必然的に置いてきぼりをくらった形となる二人は久しぶりにゆっくり話す事にした。
そして冒頭に至る。
「何驚いてんだよ?」
「いや、啓吾と美咲ちゃんっていっつも一緒だから怒ってるのかなー。と」
「確かにいつも一緒だがな、だからと言ってたまに一緒に帰らなかったぐらいで怒るわけではないだろ?」
「へぇ〜、嫉妬とかしねぇの?」
「あのな、女子相手に嫉妬してどうすんだよ……」
「じゃあしないんだ?」
「したって無駄だろ……どうにもなんねぇし」
そりゃそうだと諒は笑う。
そんな諒を見ても啓吾はため息をつくだけだった。
なるほど……と、諒は下を向きつつ頷いている。そして数秒そのままで止まり、ぱっと顔を上げた。
「じゃさ、例えば男だっ……」
「殺す」
啓吾の見事な即答だった。
視線を外しつつもきちんと反応する啓吾にニヤつく諒。懲りずにまた口を開いた。
「へぇ〜、じゃあ俺だった……っいで!」
「ほら、もう一度言ってみろ。次は定規でやってやるから」
「い、いや、冗談です……」
が、残念、諒の額には啓吾のデコピンが打ち込まれていた。
「冗談だって、そんな勇気俺には無いよ」
「冗談でもそうゆう事を面と向かって俺に言う勇気はあるのにな」
敵意むき出しの嫌味。
うわっ、と諒は苦笑した。
「……なんかさ、意外だったよ」
一つ間を置いて、今度は真剣に言った。
「なんでだよ」
「付き合ってていつも仲いいからさ……でも正直な話、急に離されると嫌なんじゃねぇの?」
「あのな、付き合ってるイコール四六時中同じように過ごすってわけでもないだろ」
「そうなんだろうけどさー」
微妙に納得が出来ないのか、啓吾の気持ちがいまいち理解できないのか、んーと諒は唸っている。
「やっぱさ、彼女とは一分でも長く一緒に居たいもんなの?」
「周りの事は知らん」
好奇心を前面に押し出したように聞く諒。
啓吾はそれをつっぱねたが、諒は引き下がらない。
「あくまで啓吾の事だよ。さぁ、どうなんだ?」
「…………」
笑顔の諒。啓吾は仕方ないか、と呟いてから言った。
「確かにそう思うがな、だからこそ一人の時間も大切にすべきだと俺は思ってるんだよ」
「ん、なにそれ?」
微妙な言い回しが諒には通じなかったらしい。
疑問符が頭に浮かんでいる。
「……ん〜……言い表しにくいんだけどな……確かに美咲とはできるだけ長い時間一緒に居たいとは思うけど、そう思う事と実際に常にベタベタと一緒に居る事とは別問題だと思わないか?」
微妙な言い回しに対する適当な言葉は都合よく、諒の中にあった。
「あ〜……つまり、仲が良いって事と依存しあう事は違うとかそんな感じ?」
「そんな感じ。俺の言う一緒に居たいっていうのは、常にどんな状況でも近くに居るって事ではないし、どっちかって言うと一緒に生きていきたい……みたいな」
「へぇ〜、ニュアンスの違いってわけね」
「そうだ。美咲には美咲の時間があるし、俺にも俺の時間がある。だから一人の時間も二人でいる時と同じぐらい大切にしたいんだ。だからこそ今まで付き合ってこれてるんだと思う」
なるほどな。納得しながら諒は思った。
入学して啓吾達と出会って以来、ずっと思っていた。
確かに二人はクラスが同じという事もあるのだろうが、一緒にいる事が多い。
かと言って片方が依存している風には見えなかった。俗に言うバカップルとは違って見えた。
「ふ〜ん……」
なんというか……あっさりしている。ベタベタとした感じを受けない。
休み時間だってお互いに別々の友達と話している事だって普通にある。美咲が啓吾に友達から誘いがあったからと放課後謝っているのを見た事もある。
もちろんその逆もだ。
そうゆう事を見る度に少し不思議に思っていた諒だが、この話で合点がいった。
付き合ってるからと言っても常に一緒にいるわけでもなく、案外普通に一人の時間を楽しんでいるのだと。
その微妙な距離が長続きの秘訣なんだと。
「…………」
ふと。自分と薫の事を思い出してみる。
家は隣。啓吾と美咲よりも一緒に居る時間は長いだろう。
休日。先日のように一緒に出かける事もしばしば。
そしてここ肝心。今の啓吾の話が自分達の状況と酷似している。
なにかと一緒にいる事が多い自分達だが、ベタベタと一緒居るわけではない。
それはただの幼馴染だという事が大きな理由だろうが、今聞いた啓吾の考え方は自分と似ている。
今までは、恋人同士の人は常に一緒に居たいのだろう。そうゆう点で自分達は違う。と思っていたがそれはたった今覆された。
つまり自分達は……
「…………」
追い討ちを掛けるように思い出すのはいつぞやの美咲の言葉。
「……いや! これは違う!!」
「な、何がだ!?」
非常によろしくない結論に至ったらしい諒は自分を説得するように声を張り上げた。
それと同時に啓吾は驚いて後ろにひっくり返りそうになった。
「落ち着けよ……」
「あ、あぁ……ごめん……」
「どうしたんだ?」
「いや、なんかとんでもない事を考えてしまってな……」
これ以上は思い出したくない。
諒の雰囲気がそう言っている。それを啓吾は感じとったので追求はしなかった。
「そろそろ……帰るか」
「あぁ、うん……なんかもうごめん……」
「謝んなよ……」
窓から差し込む夕日が物悲しさをより一層惹き立てていた。
その頃、薫と美咲は一緒にデパートの喫茶店で休憩をとっていた。
「啓吾ってさ〜……」
「うんうん……次は何よ……」
ここに勢いづいた猪を見事止めた猛者が居た。啓吾の彼女、中村 美咲だ。
夢見心地に啓吾の話を語る美咲。
その前には疲れきったのかテーブルに突っ伏すようにしている猪娘こと、波川 薫が居た。
「う〜……惚気ばっか言われてもな〜」
美咲に聞き取られないようボリュームを絞って言う。
こういう時は少し話題転化をして方が良い。そう判断して思ったことを口にしてみた。
「っていうかさ、啓吾君ってあんまり美咲に執着心なさそうだよね。束縛とか全然しなさそう〜! 独占欲? 何それって感じだし」
「……あー」
やってしまった。そんな感じで「あ〜ぁ」と天を仰いでから美咲は嫌そうに聞いた。
「……やっぱりそう見えるんだ」
「え? 違うの?」
「まぁ、確かに啓吾は物凄い束縛するタイプじゃないけどね、でも普通に嫉妬するよ。それが分かりにくいってだけで」
「へぇ〜、以外〜啓吾君ってそんな風に見えないしさ〜」
これは軽い気持ちで言った冗談のつもりだった。
少なくとも薫は。しかし……
「…………」
薫のこの言葉に美咲は黙った。
そして静かに口を開く。
「啓吾を見た人は皆そう言うよ……啓吾の一面しか見てないくせに」
吐き捨てるように言った美咲。
その姿からは悔しさが滲みでていた。
「……あ、ぅ……ごめん……」
美咲の言葉に場の空気が一転する。
流石に薫もその雰囲気を感じ取り、理解した。
いつからかわからないが、美咲はこういった言葉を何度も言われているのだろう。
もしかしたら付き合い始めた当初からかもしれない。
……啓吾は誰にでも愛想がいいわけではない。
もちろん、話しかければ返事はするし普通に会話する。だがそれは社交辞令のようなものだ。
しかし、一度信用してさえくれれば自分の弱みもたくさんさらけ出してくれる。
自分と諒に対してもそうだった。
最初は話しかけにくい雰囲気を持っていたし、自分達も勝手にそうゆう人なんだろうと決め付けていた。
だが、何度も話していくうちにそれは変化していった。
そして今のように冗談も言い合える関係になったのだ。
「……ほんと、ごめ……」
ほんの少しでも啓吾のそうゆう部分を知っているだけに薫はさっきの冗談は不味いと思ったがもう遅い。
薫にも美咲の気持ちは少しぐらいなら分かる。
たぶん、自分が啓吾の普段他人に見せない部分を知っているだけに啓吾のイメージだけで決め付けられるのは悔しいのだろう。
そして美咲はそういった言葉を言われる度に思っているに違いない。
あなたは啓吾の何を知ってるの? と。
「ごめん薫、そうゆうつもりで言ったんじゃないから……」
「うん、わかった……でも、ごめん」
思い出したように言う美咲。
その明らかに取り繕っている感じが薫には痛々しく感じられた。
「「…………」」
一瞬の沈黙。
「……さて! 薫に付き合わされて疲れたし、啓吾と一緒に帰れなかったし、帰ってから啓吾に電話しよっと」
「うわ、自慢?」
「自慢に決まってんじゃん?」
次の瞬間にはいつもの美咲に戻っていた。
それに薫は安心する。
そして……
「薫、何ニヤけてんの?」
「なんでもないよ〜」
「キモ……」
「何よー!」
美咲と啓吾の事をちょっとだけ他の友達よりも知る事が出来たのが嬉しかった。
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