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木曜日。
「おっはよー!」
勢い良く教室のドアが開かれた。
それにより迷惑極まりない大きな音が廊下にまで響く。
クラスの人間は余りの音に一旦時間が止まったように揃ってドアを見つめたが、音の原因である女子生徒を見てからやれやれと言うようにため息をついた。
程なくして止まっていたクラスの時間が又普段のように流れ出す。
「おはよー! 美咲!」
「はいはい、おはようおはよう。 あいさつがすんだらそこでフラフラになってる諒君助けてあげたら?」
いつになくご機嫌な薫。もちろん先ほどの音は彼女が原因である。
そして少し後から蚊の鳴くような声で「お、おはよ……」と今にも倒れそうになりながら入ってきたのは諒だった。
先程とはまた違った原因でクラスの時間が再び停止する。
健気にも自分の席を目指す諒の姿にクラスの人間は薫を除いて皆「うわぁ……」と、心の中で合掌した。
「あ……倒れた」
最後の力を振り絞って立っていたのだろう、諒はその場に崩れた。
すぐに啓吾が駆け寄って肩を貸す。
「諒! 大丈夫か!?」
「悪い……保健室連れて行ってくれ……」
「わかった。 立てるか?」
「ん……なんとか……」
啓吾に付き添われて迅速に諒は保健室へ強制送還された。
「「…………」」
一部始終を黙って見ていた美咲が一言。
「何……したの?」
「あははー……食べたものが美味しすぎてお腹に逆に大ダメージ……はい。ごめんなさい」
「後で謝ってきなさい」
「……はい」
諒の厄日はその効果が強すぎたのか、日をまたいで今日にまで影響を及ぼしているらしい。
ちなみにこの後、諒は昼休みの終わりになんとか帰ってくる事ができた。
Episode 7
― 制裁 ―
放課後。
四人はいつもの喫茶店に居た。
理由は二つある。
ひとつは昼は学食にする予定だった諒が昼飯を食べ損なったので、腹ごしらえに。
もう一つは週末に何処かへ出かけようと美咲と薫が言ったので、その打ちあわせにだ。
仲が良いのとは裏腹に四人で固まって遊んだ事は一切無かった。
それに気が付いた薫が何処かへ出かけようと発案、月曜日の一件以来なぜかさらに仲が良くなった美咲もそれに賛成した。
男二人は「別に学校であってるんだから意味あるの?」と言おうかとも思ったが、せっかく乗り気になってる二人に水をさすのもどうかと思い、賛成した。
「で、どこに行く? 希望は?」
体を乗り出して聞く薫。
もちろんその顔は笑顔で、無邪気に喜ぶその顔は遠足前日の小学生のようだ。
「私はね〜やっぱりショッピングでしょ! やっぱ定番だよね。ブラブラするだけでも楽しいしさ〜」
と言ったのは美咲ではなく薫だった。
自分で聞いて自分で答えたあたり気持ちが先走っているのだろう。
あまりにも薫のテンションが高い為に遠くから見ると空回りしているようにも見える。
「私も薫に賛成かな〜遊園地とかでもいいけど……ちょっとお金かかりすぎるよね」
「そうだな、あんまり俺も金使いたくねぇし」
「俺は薫の料理さえ出てこないなら何でもいいぞ、なぁ薫?」
「「…………」」
美咲と啓吾はうわぁ……、と思った。
「……さ、さて! じゃあ全員一致でショッピングでオ、オーケー?」
必要以上に諒から視線をそらして言った薫の手は小刻みに震えていた。
夜。薫は諒の部屋への入り口に立っていた。
ちなみに今彼女がいるのはいつもの入り口である窓ではなく、ドアの前である。
今朝の罪悪感と諒が本気で怒っていたようであったのとで、どうにもいつものように窓から侵入するのは憚られたからだ。
……まぁ諒が本気で怒っているのであれば、結局意味は無いのだが。
「…………」
そして、意を決してドアをノックする。
すぐに諒が返事をした。
「何?」
短い言葉がよりいっそう不機嫌なオーラをひしひしと伝えている。ドアの隙間から滲み出てきている。
諒の声は心なしかいつもより低く感じられたのは罪悪感からか。
静かにドアが開いて諒が顔を覗かせる。
「何だ……薫か、何してんだよ?」
そして薫を見て、微笑んだ。
その微笑みが顔だけであることを薫はすぐに悟る。目が笑ってない。
「あ、あの……さ……」
「今日さ宿題出てたよな、しかもたんまりと」
薫にはそれだけの言葉で十二分に意味が伝わった。
「あの〜……もしかして、本当に……怒ってる?」
恐る恐る聞く薫の額には冷や汗が出ている。
視線も合っていない。挙動不審だ。
それに対し諒は実にゆっくりと落ち着いて言う。
「聞かなくてもわかってるよな?」
ニヤリと笑う諒に薫は悪寒さえ覚えた。
翌朝。
まだ登校してきている生徒もほとんど居ない、朝早い時間に廊下を歩く美咲と啓吾の姿があった。
生徒は少ないと言ってもやはり数人はいるもの。
すれ違う生徒がちらちら自分達を見るのを啓吾は感じていた。
いつもなら完全に無視できる範囲内だが、この日の啓吾はそれが出来ていない。
その原因は二人の手にある。
「でさ、明日の事なんだけど……二人が来てからもう一回確認しようよ」
「あのさ、美咲……」
「何?」
「手、繋ぐの止めないか? まだ人が少ないからいいもの……」
居心地悪そうに啓吾が言う。
それに対し美咲は気にした様子もない。
んーと視線を泳がせながら言った後、あっさりこう言った。
「なんで? 視線なら慣れっこでしょ?」
「いやな、確かに視線にはもう慣れてるんだけどな……」
あぁ……と呟いてから弱弱しく言う。
それを聞いた美咲は意地悪な笑みを浮かべた。
「あ、照れてるんだー! 確かに今まで学校内で繋いだ事ないもんね〜」
「っ……!」
体温が上がってくるのを啓吾は感じる。
「……はいはい、わかりましたよー」
しばらくして美咲は拗ねたように手を離した。
そして……
「じゃあ腕ならいいでしょー!?」
啓吾の腕に抱きついた。
体勢を崩しそうになったもののなんとか耐えた啓吾だが、嬉しいやら恥ずかしいやらで思考が一瞬停止する。
……と思ったら嬉しいのが大半な様だ。半分表情がニヤけている。
「……お、おい! 離れろって!!」
やや間があって、やっと言葉を発した。
その言葉を無視して美咲はうれしそうに啓吾の腕に抱きついている。
当然、体勢からして啓吾の腕には心地いい圧力がかかっている。もういっそこのままでいいかな? と一瞬頭をよぎった。
そうこうしている内にクラスの前に着いた。いや、啓吾的に言えば着いてしまった。が正しいかもしれない。
美咲から開放された啓吾は微妙な気持ちになった。
「おはよ〜! って……あれ? 諒君?」
「何してるんだ? 薫は?」
すでに教室には二人より先に来ていた生徒がいた。篠崎 諒だ。
一人で暇だったのだろう、文庫本を読んでいる。
「制裁」
二人の問いかけに対し、諒は言い切る。
すぐに二人は全てを察した。
「ってことは薫は遅刻……?」
「知らん」
一瞬。
場が凍りついた ――
その日の薫。
遅刻。
宿題全滅。
忘れ物続出。
小テスト、いつも以上に悲惨な点数。
「うわ〜〜ん! もう二度とアレンジとかしないから〜〜!! 塩の代わりに七味唐辛子入れたりしないから許して〜〜〜!!!!」
「お前そんな事してたのか!?」
「とにかくごめんなさ〜〜〜い!!!」
これにそうとう懲りたらしい薫は放課後、半泣きで諒に謝り、その日の夜にようやく許してもらえた。
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