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A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring
「う~む……」
寝る前に明日の服装を決めておこうと思った諒はクローゼットの前で悩んでいた。
ついこの間まで厚着していたが、近頃では気温も上がってきている。雨も多くなってきた。
そういえば来週には制服も移行期間に入るらしい。
「微妙だ……」
ふと、ため息混じりに呟いた。
今の季節は服が非常に選びにくい。
歩き回ると暑くて、何もしてないと肌寒く感じる。
店によって冷房がしっかり効いている所と効いてない所もある。
とにかくなにもかもが微妙なのだ。
さきほど見た天気予報では、朝は肌寒く、昼は暑いらしい。
つくづく腹が立ってくる。
「微妙だ……」
もう一度呟いて、カーテンが開いていたので窓越しに薫の部屋をのぞいて見る。
薫の部屋のカーテンはレースだけ閉めてあるので中の様子は丸見えだ。
「ったく……カーテン閉めとけよ……って、ぁー……」
一瞬の間をおいて諒はカーテンを閉めた。
「……見なかった事にしよう」
よし、と自分に勢いをつけて振り返ると同時に言い聞かせた。
俺は何も見ていない。
テーブルにお菓子が山積みだとか、
昨日のお弁当の残りが放置してあるとか、
そんなものは一切見ていない。
見えるはずがない。
ふと思い出した。壁に掛けてあるハンガーには明日の服がすでにかかっていたはずだ。
諒は思うわけである。
その準備の良さをどうにか勉学に向けることが出来ないものだろうか。
いや、まぁ、たぶん、無理であろうが。
「…………」
少し間をおいてよし、ともう一回自分に勢いをつけた。
Episode 8
― Wデート!?・前編 ―
ちょうどその時、薫は最高にだらけて……いや、くつろいでいた。
先日諒の購入したCDを流しながらベットに寝転がり、時折寝返りを打ちながら友達とのメールにふける。
「明日楽しみだなぁ~」
明日の予定に思いを巡らせているのだろう。声もいつもより少し高い。
「よし! 明日の予定決定!!」
急に言うと同時に携帯を忘れないように文字をうっていく。
が、先ほど送ったメールに返信が来たので、その行為は中断させられる。ちょうど、明日の事についての話題だ。
「明日はお出かけなのよ~」
ふぇふぇふぇ……と意味不明な声をあげる。
なかなかホラーな状況だ。
メールをもう寝るからと切り上げ、明日の事を思いながら仰向けになる。
「♪~♪~」
鼻歌まで飛び出した。
気分は最高潮である事のしるしなのだろう。
「明日は送れないように早く寝よ~っと」
布団に入ってほどなく眠りについた。
そして。
当然というか必然というか。
仕方ないというか。
もはや諦める他無いというか。
「ひゃあぁぁぁ~~~!!」
朝。
住宅街に一人の少女の叫び声が響き渡った。
「遅刻だ~~~!! なんで起こしてくれないの~~!!」
「何回呼んだと思ってんだよ!」
会話を通り越してほとんど怒鳴り合いとなっている。
それもそのはず、待ち合わせの時刻である十時をかれこれ十分は越しているのだ。
その様子を薫の母は実に落ち着いて眺めていた。
「歯磨きしてない~! 顔も洗ってない~! 髪の毛ボサボサ~~!?」
「何やってんだよ……」
軽い頭痛がしてきた諒はいつものため息を漏らす。
そんな諒に追い討ちがやってくる。
― ウ”ーウ”ーウ”ー ―
「うぁ……」
突然震えだした携帯のディスプレイには "城山 啓吾" と表示されていた。
しかもメールではなく電話を掛けてきたあたり緊急を要するのであろう。
「はい、なんでしょうか……」
言葉が丁寧になっているのは罪悪感からか。
「三十分までに来なければ死刑」
「い、いや……その……ごめ」
― ツーツーツー ―
言い切る前に切られた。
まずい。想定の範囲外だ。
啓吾までキレている。
「薫! できたか!?」
「後ちょっと~~!!」
焦る諒が呼びかけると洗面台から声が聞こえた。
言葉の通り、程無くして薫が出てくる。
「早く行くぞ! 啓吾までキレてる!」
「えぇ~~!! 早く行こうよー!」
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「あ~……うん。今はそんな事より急ごう。うん。それがいい」
視線を逸らしながら玄関へ向かう薫。
諒はまったく……と呟きながらその背中を追った。
「2ケツしてくぞ」
「ちょー久しぶりじゃん! ありがとー!」
「ほら、早く乗れ」
「はいはーい」
すると、薫は普通にまたがった。
「あのさ……」
と、言ったのは諒だ。
「何?」
「お前さ……その乗り方どうなの?」
「えー! いいじゃん!」
「ん~……」
「五月蝿いなー! どんな乗り方したっていいでしょ!」
「ハイハイ……」
諒は不服そうだったが、すぐに自転車は進みだした。
走り出すと朝の少し肌寒い風が体の周りを吹き抜けてゆく。
一定感覚で踏まれるペダルの音。
そして何より、流れる風景。
ふと、子供の頃の記憶が蘇ってくる。
「昔さーよく二人で走り回ったよね~」
自転車に乗れる事が嬉しくて、意味も無く走り回った子供の頃。
あの頃から諒の後ろはいつも薫だった。
「そういや、そうだな~」
顔は見えないが諒の顔は微笑んでいるのだろう。
声が柔らかい。
「っていうか、二人乗りすんの久しぶりーー」
「そうだなー」
「ねっ、全速力で漕いでよ」
「……振り落とされんなよ?」
不敵な笑みを浮かべて諒は聞く。
薫の顔が一気に明るくなった。
「オッケー!」
言い終わるが早いか、諒がペダルを漕ぐ足に力を入れる。
懐かしい記憶と共に、諒の自転車は軽快にスピードを上げていった。
いや、仕方ないのだ。
いくら薫と諒が昔の記憶に浸っていようとも、時間は流れて行く。止まる事は無い。
ついでに言うと美咲と啓吾のフラストレーションの加速も止まる事は無い。
だから、仕方ないのだ。
「「で、結局遅刻ですか?」」
「「遅刻してごめんなさい」」
陳謝だった。
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