A heart to be in love " 恋する心 "
――― Spring

啓吾が振りぬいたバットは芯でボールを捕らえ、快音を響かせた。
白球は方向を変え、吸い込まれるように飛び、ネットに当たる。
その様子を横で見ていた諒は悔しそうに呟いた。

「はめられた……」

事の始まりはほんの数分前の事。




Episode 8
― Wデート!?・後編 ―






「負けた方が奢り?」



怪訝そうに聞く諒に対し、美咲は笑顔でうなずいた。

「せっかくなんだしさ、勝負しようよ。私達とそっちと。で、負けた方は昼飯奢り」
「……なんで勝負すんの?」
「ゲーセンのゲーム各種」
「……薫と俺……か……」
「嫌な顔するなー!」

と、いうわけで現在チームに分かれて勝負をしている。
最初は諒対啓吾のバッティング勝負。
先ほどから快音響かせているのは啓吾、なんとかボールに当ててやっとの思いで飛ばしているのが諒だった。

「きゃー! 啓吾頑張れー!」
「まかせと、け」

また綺麗にボールが弧を描いて飛んでいく。

「何やってんの!! 頑張ってよ!!」
「うるせー! 啓吾がおかしいだけなんだ、よ!」

にぶい音と共に悲しく転がってゆくボール。

「あっ……」

気付いた時にはもう遅い。
諒は敗北を悟った。

勝負のルールは簡単。
全二十球のうち、どれだけ多く打てたか。

「何やってんのー!?」
「うるせー! じゃあお前がやってみせろ! 俺がいかに平均的か身にしみてわかるぞ!?」

軽い修羅場だった。
ちなみに二人が喧嘩していても機械には関係ないわけで、どんどんボールが投げ込まれてゆく。

「……とりあえず一勝、っと」
「この調子で行くか」
「そだね、ふふふ……」



諒の自殺により啓吾の圧勝。



二回戦、薫対美咲の勝負は薫の願いによって格ゲーとなった。

「ふふふ……諒の家でさんざん鍛えた私をなめちゃいけませんよ?」
「ふふふ……啓吾の家でさんざん鍛えた私をなめないでよね?」

そして二人でまたふふふと笑い会う。正直、不気味だ。
ちなみに男二人は女の子が格ゲーってどうなの? と思ったが、そっと胸の内にしまった。

そして数分後。
諒と啓吾は深々とため息をついていた。
二人の目の前ではボタン操作に四苦八苦する薫と美咲の姿がある。

つまり……あれだ。
家でどれだけ鍛えようとあまり関係なかったのだ。
ゲームセンターでのボタン操作を知らなかったのだから。

「なぁ……啓吾……」
「……なんだ? 言いたい事は大体わかるけど」
「もう引き分けでいいよな?」
「あぁ引き分けでいいさ」

その間もゲームの中のキャラクターが相手と逆方向に蹴りを繰り出したり、
意味も無くその場で連続ジャンプをしていたりした。

「いやー! もうちょっとでわかりそうだったのー!」
「ちょっと! あと少しで完璧にマスターしてたのに!」



双方勝負といえる実力ではなかったので引き分け。



最後は諒と啓吾のレースゲームとなった。

今度は諒も自信があるのかニヤついている。

「啓吾、悪いな、今度は俺は勝たせてもらうぞ、中学の頃にやりこんだからな」
「言ってろ。どうせ俺が勝つから。まさかATなんて馬鹿な事しないよな?」
「もちろんだ、MTに決まってんだろ」

静かな火花を散らしていると、カウントが始まり、GOのサインが出る。
一瞬早く、諒がアクセルを踏み込んだ。

「しゃ!」
「…………」

一瞬遅れた啓吾だったが、焦る様子は一切無い。
それどころか、不適に笑ってすらいる。

「さっすが諒! そのまま行っちゃえー!」
「啓吾!!! 頑張ってよ!!!」

昼飯ー! と、美咲が叫ぶ。

二人がどんどん周回を重ね、ついにファイナルラップになり、勝っているのは諒だった。
やはりスタートでの差が大きかった。

とはいえ、諒の対応は素晴らしかった。中学の時にやりこんだというのは嘘ではない。

「…………」

ちらっと、タイヤの減り具合も確認する。ほぼ予定通りだった。

最終コーナーを最大限のスピードで曲がりきる事と、スタートダッシュのアベレージをキープし続ける事。その最大公約数。
それを見事に満たす運転だったと言える。

リアル思考のこのゲームではタイヤが命だ。極力グリップ走行でタイヤを温存。
アウト・イン・アウト、そしてローイン、ファーストアウトの原則を守りつつある程度余裕が有る所ではアクセル全開で突っ込む。

その努力も全て最後のコーナーの為の布石だった。
啓吾を舐めていたわけではなかったので、初めから勝負がつくならここしかないと予想していた。
案の定、啓吾も完璧に諒に付いてきている。数秒勝っているのはスタートの時の差だけだった。

「ここで決める!」

その直角最終コーナーが見えてきた。
啓吾との差を確認し、アクセルから足を離してシフトダウン。エンジンブレーキをフル活用して減速する。

ややオーバースピードでコーナーに突っ込む諒。
ここで初めてブレーキを踏み込んだ。そしてハンドルを大きく切り、車体を流す。ドリフトだ。
すぐさまアクセルに踏み換え、今度は車体を制御する。後輪が縁石に乗り上げ、そこでやっと車は諒の完全な制御下に帰ってくる。

コーナーを曲がりきったのだ。

と、その時。

「……ふっ、死ね」
「なぁぁぁ!?」

待ってましたと言わんばかりに、啓吾が一切減速せず、トップスピードで諒に突撃した。
これにより諒の車は綺麗に横スライドし、壁に激突。加えてコース脇は砂だったので加速できない。
対して啓吾は突撃の際に一旦停止したものの、落ち着いてギアを上げ、極めて鮮やかにゴールする。
画面一杯に広がるのはWINの文字とLOSEの文字。

そして、ポカンとした三人の顔だった。

「うわ〜……久々に見たよ……啓吾さ、これ狙ってたの?」
「あれ? 美咲の前でやった事あったか?」
「あぁ……うん……前に一度だけ」

「「…………」」

勝利を確信していただけにショックがでかいらしい諒と薫。
昼飯を賭けた勝負は啓吾の知的(卑怯)な戦略により幕を閉じた。






ショッピングというものは比較的ではあるが、人間性が浮き彫りになるものである。まぁ、性別による所も大きいが。
きちんと予定を立て、出費を最小限にするためあまりあちこち見回らない者。
行き当たりばったりで、衝動買いを良くしてしまう者。等など。

ちなみに諒と啓吾は前者で、薫と美咲は後者に近い。なので、ショッピングをするとこうゆう事になる。

「なぁ啓吾」
「なんだ?」
「暇だよな」
「そうだな」
「なんでさ、あの二人は飽きもせずに見ていられるのかね?」
「知らねーよ、とりあえず俺達の理解が及ぶ世界じゃないんだろうな」
「…………」
「…………」

ベンチに座る二人から少し離れた所で薫と美咲がアクセサリーを選んでいた。
とは言っても美咲と啓吾は薫達と一旦別れて他の店で早々と買ってきた為、事実上薫を待っている事になる。

「これは?」
「えー、こっちもいいんだよねー」
「こっちも良くない?」
「本当だー」

先ほどからあれやこれやと言いつつ決まってないらしい。時折、会話が聞こえてくる。

「諒ー! これとこれ、どっちがいいと思うー?」
「おい、呼んでるぞ」
「……何回聞けば気が済むんだろうな……」
「さぁ……?」
「じゃあ右手に持ってる奴ー!」
「えー!? でもこっちもいいでしょ!?」
「それなら聞くなよ……」

この後、薫は結局諒が選んだものを購入した。





「あ、そういえば!」

広場にあるベンチでアイスを食べている途中。薫が叫んだ。
(勝負の際に啓吾の勝ち方が卑怯だったので奢る対象が昼飯からアイスにランクダウンした)

「美咲と啓吾君何買ったの?」
「……なんでもいいだろ」

啓吾が言う。

「「……あれ?」」

明らかな違和感。
首をかしげる薫と諒、そしてすぐにその原因に気が付く。

「啓吾……なんでなんだ?」
「む……」

言葉につまる啓吾。
同時にこれ以上聞くなオーラを発生させる。
薫は敏感にそれを察知したのだが、突っ込む。

「教えてくれたっていいじゃない!」
「駄目だ。いい加減……」
「ペアリングだよ」

美咲が横から言った。
瞬間、啓吾の顔が火照る。

「「ペアリング!?」」
「うん、まぁ、言うほど豪勢な物じゃないんだけどね」

嬉しそうに言う美咲の横では啓吾があぁ……と天を仰いでいた。








「ペアリング、か……」
「ペアリングだねぇ……」

駅からの帰り道。行きのように二人乗りではなく、自転車を押しながらゆっくり歩いて帰っていた。
意味も無く鸚鵡返しのように繰り返している。

「あの二人……付き合ってるんだよねぇ……」
「そうだな……」

今回、二人は美咲と啓吾が"付き合っている"と改めて感じた。
いや、現実としてきちんと受け止めたのは今日が最初かもしれない。

ペアリングに限った事ではなく、今日の二人の雰囲気、何かの度にいちいちすれ違う目線。
あからさまな事こそしなかったが、所々でその断片が見え隠れしていた。それを薫と諒は感じ取っていた。

「っていうか、啓吾君だよね。やっぱ」
「あぁ……そうだな……」
「あんな笑顔学校じゃ見れないよね?」
「だよなぁ?」

一瞬だけ。ほんの少しだけ垣間見た啓吾の無防備な笑顔。
おそらくあの笑顔は世界で唯一美咲の為だけにあるのだろう。 
 
「「…………」」

沈黙が日が落ちて真っ暗な辺りを包む。
見上げた空には星が瞬いていた。

「なんかさ、嫉妬しちゃうよ」
「へぇ?」

ふいに薫が溜めていたものを吐き出すように言った。

「私達には一生あんな顔してくれないんだろうなー」
「そう言うなよ、仕方ないだろ? 美咲ちゃんには勝てないさ」
「……そうだよねー」

真っ暗な帰り道、ちょっぴり切なくなった二人であった。
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