|
皆元 晴菜。
青葉高校一年。陸上部で、短距離専門。
性格は明るく、誰とでも仲良くなれるタイプ。
そして、相手に気兼ねさせないタイプでもある。
人懐っこくて、交友関係も幅広い。
ちなみに、両親の転勤に伴い、高校入学に合わせて引っ越してきた。
諒が先日の一件以来、周りにそれとなく聞いた事を抜粋すれば、こんな感じである。
Episode 11
― 皆元 晴菜 ―
「なぁ啓吾、皆元さんて……」
教室の移動中、通りかかったクラスに晴菜の姿が見えた。
「諒?」
「あ……」
啓吾がすぐ後ろを歩く美咲と薫に視線をやった。
相変わらずな薫と今日は果てしなくだらける方向に進化したらしい美咲がだらだらと付いてきている。
諒と啓吾は顔を近づけて小声で話す。
「わかるだろ? 皆元と知り合いになったのがこの前だとばれたら、そこから嗅ぎ付けられるぞ」
「いや、でもさ……」
「駄目だ」
別にそこまでは。と言おうとしたが啓吾が遮る。
「たとえ万に一つの可能性でも潰しておく。それが俺達の快適な昼休みに繋がるんだぞ」
「お、おけ……了解」
啓吾の切実な言葉に圧倒される諒だった。
昼休み。四人は学食にいた。
もっとも、食べているのは諒と啓吾で、薫と美咲はすでに突っ伏していた。
しかも薫と美咲は並んで座っている。向かいに座る諒と啓吾にとっては迷惑この上無い。
「なんかさーこの学校って涼しいとこないの?」
「ここだって教室よりはマシってだけだしね〜諒は何処か知らない?」
「さぁ、やっぱ学食が一番だろ」
「やっぱり? 図書館じゃぐうたら出来ないもんね〜、うちの図書委員って気合入ってるしさ。まぁ例外もいるんだろうけど」
薫の視線が諒を通り過ぎていく。
「…………」
この時、確実に、諒は "図書委員" という言葉に反応していた。
それと同時に晴菜の顔が薫とダブりながら思い浮かぶ。
「やっほー、美っ咲! かおりん! 元気ー?」
と、つい先日知り合ったばかりの声が聞こえた。
諒たちの所に来る間にも何人もとあいさつを交わす。
まったく晴菜と縁の無さそうな人もあいさつをしている。
ちょうど、晴菜は諒の横に座った。
「彼氏君、美咲の事なんとかせな。周りは迷惑してるんやでー」
「俺だって……いてっ……いや、なんでもない」
言葉の途中でノイズが入った。
テーブルの下で美咲が思い切り啓吾の足を踏みつけている。
もちろん、上半身は突っ伏したまま。なかなかホラーな構図だ。
「何よー、暑いもんは暑いんだもん」
「せやけどな、どうしようもないやろ?」
美咲をなだめる晴菜。
ふと、諒は目が合った。
「諒君もかおりんを元気付けたってや〜、かおりんが居らんとからかう相手どうすればいいんよー?」
またあの印象的な笑顔。
やはり、諒には薫が重なって見えていた。
「私はそうゆう役目なの〜?」
「……っていうか、晴菜は諒君の事知ってるの?」
「「…………っ」」
美咲のもっともな突っ込み。
諒と啓吾は言葉につまり、思わず唾を飲んだ。
「まぁ、彼氏君とよく一緒におるから、そら一回ぐらいは話した事あるやろー」
「それもそっか、っていうか元気だよねー……分けてよ」
上手い具合に晴菜が切り抜け、ほっと胸を撫で下ろす二人。
その様は心底安心したようだった。
「アホ、それでも女子高生か? 夏やねんで? ほら、欲望のままに彼氏君とガツンと……なぁ?」
あくまで、だ。
「…………」
「…………」
あくまで、冗談で晴菜は発したのだ。その一言を。
しかし、あまりにも不自然な、間が出来た。
「…………」
「……なんで黙るんやー!」
「う、うるさい! あっち行っててよ!」
しっしと手を振る。が、晴菜はそんな事は一切気にせず薫に標的を代えた。
「かおりんの頬ってプニプニやなぁ〜気持ち良いわ〜」
「暑いんだから止めてよー晴菜とは違うんだってー」
「あんたら、何でそんな感じなん?」
「「暑いんだもん」」
「さよか……大変やなぁ」
ハモった二人に苦笑する晴菜。
言葉の後ろ半分と視線は諒と啓吾に向けられ、二人もそれに気付いて同じように苦笑する。
「で? 何か用か?」
「用が無くちゃ来ちゃ駄目なん?」
「いや、なんとなく、な」
「これと言ったもんじゃ無いけど、強いて言うなら確認やな」
「確認?」
「諒君が私の事晴菜って呼んでくれるかな〜? って」
「あぁ……」
今度は二人の視線が諒に集まる。
諒にとってはどうしようもなく居心地が悪い空気がここに出来上がった。
「いや、出会って間もないしさ……」
「じゃあどれくらい経ったらええの?」
晴菜の追求は諒を逃がさない。
微笑みながらも、無言の圧力を諒にかけている。
しかも横に座っているために距離が近い。
「……なんてな。別にええよ〜、そんな困った顔せんといて」
「ああ……ごめん」
「別にええって。まぁ気が向いたら呼んでや?」
少し、ほんの少し寂しそうな顔をする。
それも一瞬の事で、又、あの笑顔になった。
そして諒に耳打ちする。
「でも、あんまり他人行儀やったら、かおりんにあの部屋、ばらすで〜」
「…………っく」
諒は驚いて晴菜を見た。小悪魔のような、悪戯をする子供のような、そんな無邪気な笑顔が諒の視線を出迎える。
近くにあるそんな晴菜の顔に、諒の胸はまた、高鳴った。
「次体育やから。じゃね……あ、はる君やん!」
遠くに知り合いを見付けたらしく、そちらに駆け寄っていった。
現国の時間。
この時間はただ教科書をなぞるような授業で、つまらない事で有名だ。
なので、大概の生徒が授業の内容をほぼ聞いていない。
諒もその例外では無く時間を持て余していた。
啓吾はというと、図書館で借りてきたらしい本をちょうど諒の体に隠すように机の上で読んでいる。
そんなわけで、何気なく、運動場を見た。
「…………暑そー」
別に薫や美咲でなくとも、普通にそう思う。
どうやら男子はサッカー、女子はマラソンをしているらしい。
薫がだったら死ぬだろうな。と、漠然とそんな事を考える。
「暑い……暑い……」
当の薫は引き続き突っ伏している。
春は居心地が良くても、夏では灼熱地獄のような窓際。
現金な薫は思いっきり後悔しているだろう。
そんな光景が諒の視界にも入っているが、完全無視を決め込んだ。
「良くやるな……ん?」
一人、女子のマラソンで断トツを走る姿が見えた。
「皆元さん……?」
少し遠いのではっきりとは確認できないが、そう思った。
「ん? どうした?」
「いや、あれって皆元さんだよな?」
ちょうど本を読み終えたらしい啓吾が声をかけてきた。
流石に授業中なので少し小さく運動場の方を諒は指差す。
「どれだ?」
「ほら、トップを走ってる……ほら今、ゴールした……」
「あぁ……」
両手を挙げて、ガッツポーズ。
たぶん、またあの笑顔なんだろうなと諒は思う。
「あいつの元気の良さは何なんだろうな?」
ボソっと、啓吾が呟いた。
ため息まじりなその言葉には、哀愁が感じられる。
「本当だよなー」
「どうせならその元気を誰かに分けてやれって感じだよ」
「特にこの二人にな?」
二人で言って、ニヤつく。
この頃、諒は啓吾とこうやって何気ない会話をする事が多くなっていた。啓吾の口数も増えている気がする。
単純に薫と美咲がダウンしているので不可抗力でもあるが、それでも、諒は嬉しかった。
と、一列挟んで座っている男子生徒から声がかけられた。
授業中なのでボリュームは下げて話す。間に挟まれた女子生徒が迷惑そうにしてるが、おかまい無しだ。
「なぁ、週末に何人かで一日遊ばね?」
「何すんだよ?」
「んー、ゲーセンとか、ボーリングとか、カラオケとか。その辺は適当に。あ、啓吾は中村さん呼んじゃダメだからな」
「頼まれたって呼ぶか」
「うわ、ラブラブだ」
茶化す男子生徒を威嚇するように睨む。
「まぁまぁ、啓吾はどうすんの?」
「俺は別にいいぞ。お前はどうする?」
もちろん、"お前"とは諒を指す。
「もちろん行くさ」
休日にまであんなのの相手できるか。
諒が横目で見た薫はやっぱり暑さと戦っていた。
|
|
|