A heart to be in love " 恋する心 "
――― Summer

四人のいきつけである喫茶店、名前は茜屋 [あかねや] という。
マスターである吉沢 卓 [よしざわ すぐる] とその妻、茜の二人だけで経営されていて、もちろん店名は妻の名前から取ったものだ。

この吉沢夫婦、二人とも年齢は二十代後半。
夫婦揃って優しく、相手に安心感を抱かせるような人柄である。
それに青葉高校の目の前にあるのも手伝って、青葉高校の生徒も茜屋ではちらほら見受けられる。

その中でも特別入り浸っている四人は顔見知りとなり、いまでは注文は "いつもの" で通じる仲にまでなっている。

以上、喫茶店 "茜屋" の補足情報。





Episode 12
― 喫茶 " 茜屋 " ―





喫茶店に入るやいなや、薫は豪快に突っ伏した。
ちなみに座ったのはカウンター。迷惑とかそういうのは関係ないらしい。

「だー……生き返るー……注文よろしく〜」

今日は薫のクラスが早く終わった為、店には同じ制服を来た人間は居なかった。
それどころか他の客もなく、室内にはクーラーが良く効いていた。

「ひゃっ」

カウンターにちょっと頬を付けて薫が声を挙げる。
そしてニヤけている。薫はこの瞬間が好きだった。

「いつもので」
「はいはい、今日も大変ね」

そんな様子をカウンターを挟んで見ていた茜は二人に微笑みかけた。
ウェーブのかかった髪が揺れ、良い匂いが一帯に広る。

「まったくです。……ほらいつまでやってんだよ」
「もうちょっと〜きもひいい〜」

テーブルに頬を擦り付ける薫。
ふかぶかとため息をついた諒はちょうど茜と目が合った。

「今日は美咲ちゃんと啓吾君は?」
「デートみたいですよ。新作のケーキ食べに行くとかで」
「それでほってかれちゃったんだ?」
「そんなトコです……卓さんはどうしたんですか?」
「今日の朝になって急に仕入れに行くって言い出してね」
「それでほってかれちゃったんですか?」
「そんなトコね」

少し間を置いて二人で笑う。

「お互い大変ね」
「まったくです」

親でもなく、友達でもなく、先輩でもなく、年上ではあるけれど気遣いさせるような雰囲気は無い。
薫や諒にとってある意味中途半端な存在である茜は話していてとても心が安らぐ相手だ。

「あ、そーだ、茜さん聞いてよー! 今日って滅茶苦茶暑いよねー?」
「そうね、最高気温も結構高かったし」
「なのに体育でマラソンですよ!? 嫌がらせですよね? 拷問ですよね? 虐待ですよね!?」

ちなみに男子は保健の授業だった為に教室だった。

「……た、大変だったのね」
「死ぬかと思いましたよ! っていうか死にましたよ!!」
「こら、茜さん困ってるだろ」

ペシンと薫の頭を諒が叩く。
同時にドアが開いて一組の男女が入ってきた。
女の方は青葉高校と比較的近い所にある高校の制服で、男の方は諒達と同じ制服を着ていた。
そしてその男の方は見覚えが諒にはある。

「確か……図書委員長の人で、名前は……」

数秒、思案する。しかし思い出さなかったのでまぁいいかと諦めた。

「ねぇ、諒?」
「なんだ、スライム?」
「スライム言うな! ……あの二人ってさカップルなのかな?」
「あー……」

横目で先ほどの二人を見る。
一番奥でちょうど少しだけ出た壁に区切られ、観賞用の木で視界が遮られる席に座ろうとしている所だった。
こういった細やかな気配りも茜屋の人気の原因だろうと考える。

「そうなんじゃね?」
「やっぱりそうだよね……いいな〜」
「まぁな〜」

いつもとは少し違う会話の流れに違和感を感じながらも諒は同意した。
もちろん、同意の言葉は嘘ではない。

「なんかさ〜……付き合うとかそういうのがこの頃妙にリアルになって来てさ〜。 諒はそんなの無い?」
「確かに俺も感じるな、そういうの。啓吾達が近くにいるせいで」

自分達とは関係ないだろうと思っていた、それ。
ドラマとか小説とか漫画とか、そういう世界だと思っていたもの。
それが美咲と啓吾によって急に近くに感じてきた。

「あ〜、やっぱそれだよね。今まで私たちの近くで付き合ってる人居なかったし。
 だからさ、今までは他人事みたいに思ってたんだけど……」
「自分ももしかしたらそうなるかも知れないと考え始めた、と?」
「そうなんだよねー、結構そういうの聞くしさー」

ふーんと興味なさそうに頷きながら諒は出されたクリームソーダを一口飲んだ。
程よく炭酸が喉にくる。この爽快感がたまらない。

「でも結局具体的には想像つかないんだよね」

体を起こしてレモンティーに口をつける。
一気に半分ほど飲み干した。

「美咲と啓吾君はなんかラブラブ通り越してなんか悟り入ってるしさ〜……参考にならないし」
「ぶっ……確かになー」

小さく笑いながら諒は頷く。

「でも皆の話聞いてるとやっぱ、付き合うのって楽しいんだろうなー」
「そりゃあそうだろ、好きな人と無条件で一緒に居られるんだし」
「だよねー。 いいなー」

二人とも、先ほど入ってきた二人に視線がいった。
他の客が居ないおかげで微かだが声が届く。
ちょうど、笑い声が聞こえた。

「……二人っきりのとき、美咲たちはあんな風なのかな?」

少し間を置いて薫が呟いた。

「どうなんだろうな」
「想像つかないよねー。いつも二人で居る所を見すぎてて……」
「っていうか……付き合うってどんな感じだと思う?」
「……わかんない。諒は?」

諒は一息おいてクリームソーダを一口飲む。
じっくり考えて、こんな言葉を吐き出した。

「……わかってたら聞かねえよ」
「やっぱり?」

薫の問いに無言を持って諒は答えた。

「…………」
「…………」

会話が途切れ、必然的に二人の間に沈黙が訪れる。
嫌な感じはしない。それに店内に流れる音楽も心地いい。

「…………」
「…………」

視線が合って、お互いに笑う。
お互いにこんな風な沈黙は嫌いではなかった。いや、むしろ好きだと言ってもいいかもしれない。
なんとも言えない一体感。満たされているような、そんな感じ。

「あー……こんな事言うのお前にだけなんだけどさ」
「うん、何?」

そんな雰囲気を断ち切ったのは諒だった。
いつもとは違う、真面目な声色。薫は少し体勢を起こした。
急かす様な事はしない。こういう時は言い出すのを待つ。それが二人の暗黙のルールだからだ。

「…………」
「…………」

ふーと諒がため息をついた。
そして……














「あー……やっぱ止めとく」














「へ……?」

思い切り溜めて、何を言うのか期待させておいて。
結局、止めた。

「えーと……はい?」
「うん、止めとく」
「……へっ?」

今度はクリームソーダの氷が崩れた。
同時に薫の拳がプルプルと震え始める。

「……なんだそれー! せっかく人が話しを聞いてやろうと溢れる包容力で待ち受けてたのに!」
「いやー……言い出してから、やっぱいいかなー……みたいな?」
「あぁなんか気になるしむかつくし……死ね!」
「なんでだよ」

半笑いで言う諒に薫は頬が引きつってくる。
珍しく真面目に聞いてやろうかと思っていた分さらに怒りを増幅させた。

「もういい! 帰る! 諒の奢り! 茜さん、またねー」

諒の返事を聞かず薫は店を出て行った。
取り残された諒はしぶしぶ財布を出して代金を払う。

「ふふふ、危なかったわね」
「……嫌なトコ見てますね」

小さなな声で囁いた茜に苦笑いで諒は返した。
こういう鋭い所も年の功だろうかと考えてしまう。

「又来てね」
「たぶん週明けには来ますよ」

先に出て行った薫の後を追いかけて諒は外に出た。

「諒ー! はーやーくー! 帰ったらどっか行こうよー!」
「どっかってどこだよ?」
「とりあえず……駅前!」
「はいはい」
「もち二人乗りでねー」
「あー……もう分かったよ」

自然と笑みがこぼれてくる。
少し前にいる薫の背中を見ながら諒は一人胸を撫で下ろした。
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