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「あふ……まだ眠い……」
はだけたパジャマ(ボタンが外れている)を適当に直し、ボサボサの髪の毛を手でいじくりながら波川 薫は起床する。
朝を知らせる為、毎朝激しく自己主張するはずのペンギンの目覚まし時計はベットの下に横たわっていた。
使命を全うする事なく毎朝ベットから弾き落とされるペンギン……その顔が憂いを帯びているように感じるのは気のせいではないはずだ。
「ふぁ〜〜!!」
だがそんな事は当事者である薫にとって些細な事である。
いつもの習慣で腕を伸ばして伸びをして、力を緩めると一気に脱力感を感じた。
「さて、今日は何をしようかな……と」
寝起きで重たい頭をなんとか上げる。
ベットの傍に落ちている掛け布団やペンギン目覚まし時計を直しつつ、少しぼやけた視界で部屋をぐるりと一周見回した。
漫画やら雑誌やらゲームやら。いろいろと目に付くがいまいちピンと来ない。
「あー面倒くさいし……諒の部屋行こっと……」
時計の針を確認して、目を擦りながら諒の部屋へと続く窓に向かう。
時刻はそろそろ十時半を指そうとしていた。
「って、あれ?」
カーテンを開けた薫はすぐ違和感に気が付いた。
いつも薫より早く起床するはずの諒の部屋の窓はレースではなく、カーテンが閉まっている。
まだ寝ているのだろうか?
そう思い、とりあえず鍵が開いているか(外出時以外はお互いに鍵は開けている)を確認する。
が、やはり鍵がかかっているようで薫の侵入を断固として阻んだ。
「あっれー?」
網戸とレースだけ閉めると、少し涼しい風や遠くで鳴いている蝉の声が部屋に舞い込んできた。
しかしそれも一瞬の事で、蒸し暑い空気がゆっくりと部屋を侵食するように入り込んでくる。
まだ夏本番でもなんでもないのだが、暑い事に変わりない。
より一層のけだるさを感じつつ充電台に乗っている携帯を開いた。諒のからは何の連絡も来ていない。
「……まぁいいや、電話しよっと」
取り分け珍しい事でもなかったので、焦ったりはしない。
慣れた手つきで諒の番号に発信した。すぐに呼び出し音がなる。が……
― 只今電話に出ることができません。ピーッという発信音の後に…… ―
留守電だった。
「えー! なんで出ないのよ! くそっ、リダイヤルだ」
何度リダイヤルしてもその電話を受け取るのは諒ではなく機械音声だった。
― 只今電話に出ることができません。ピーッという発信音の後に…… ―
「……とりあえず、バカ!」
かくして、薫は膨大な暇を一人で潰す事になった。
Episode 13
― 少なくとも今は・前編 ―
のだが……
「だから私達を呼んだと」
「相変わらずやなー。諒君おらんと寂しいて仕方ないんか?」
やはり手持ち無沙汰が過ぎたようで、美咲と晴菜を誘って隣町のカフェまで来ていた。
このカフェは都会の町並みから少し外れたところにあり、茜屋とは違う雰囲気がとても良い。
「……いや、まぁ、いいじゃん別に二人とも暇……いた!」
暇と言った刹那、美咲の手が薫の額を叩いた。
「うるさいよ」
美咲はプイッとそっぽを向いてしまう。
その表情は不機嫌そのもので、カツカツカツと爪でテーブルを突いている。
「ねぇ、晴菜? なんで美咲機嫌悪いの?」
「彼氏君がなクラスの男子何人かと遊びに行ってしもうたんやて」
「へー……じゃあ諒もそれかー」
なるほど、と一人納得する。
が、一声掛けてくれればいいのに。とも思った。
「っていうかさ、美咲前に言ってたじゃん」
「何をー?」
「ほら、一人の時間を大切にとか……」
「そういえば言うてたな〜」
「あー……あれね」
痛いところを突かれたのだろう。にがにがしい表情を浮かべて頬杖をついた。
めずらしく優位に立てたので薫は調子に乗る。
「あの時は悟り開いてたみたいに言ってたのに〜どうしちゃったの〜?」
「…………」
満面の笑みを浮かべる薫。むかつくことこの上ない。
「もういいや、言っちゃうわ……昨日さ、私、二人きりでケーキ食べに行ったでしょ?」
白状するように、美咲は話し始めた。
「うん行ったね」
「あれさ結局食べられなかったんだ〜品切れで」
「うあ……」
「だから久々に啓吾にケーキ作ってあげようかなって……勝手に思ってたんだけど……ね」
美咲はこの後の言葉を濁した。
恥ずかしかったのか、少し頬が赤い。
「要するに肩透かしくらったんやな?」
「まぁ……そゆ事」
「へ〜……勝手に予定して勝手に肩透かしくらって、挙句八つ当た……った!」
本日二発目のビンタが繰り出された。
残像でも見えそうなくらいすばやく、それでいて的確に美咲は額を打つ。
「ま、まぁいいじゃん。いろいろと話そうよ。女同士で集まるのって結構ないじゃん?」
「せやな〜、美咲も機嫌直しいや。明日でもええやん?」
「む〜……ま、それもそうかな」
先ほどまでの微妙に険悪なムードから一転、「どうせ集まったんだから腹を割って話そうじゃないか」的なベクトルに方向転換する。
そして方向転換した以上、話題はどんどん湧いて出てくる。
服やアクセサリー。新しく出来た店。互いの中学時代や恋バナ。
「でさー……」
「何それー!?」
「ホンマかー?」
心が通っているような、不思議な一体感が三人を包む。
会話が止まらない。笑い声も絶えない。いっそ、この時間がずっと続けばいい。
そう思える程、心地よい時間だった。
「そういえば晴菜って男友達たくさん居るのに彼氏って聞かないよね?」
会話が止まったので薫がそんな事を言い出した。
一瞬、場の空気が止まる。
「確かに……さて、そこの所どうなの?」
「そこの所ってどこの所ー? ……はは。そんな冗談じゃ誤魔化せへんよな……なぁ、そんな目で見んといてって。マジで怖いから」
一度は冗談で切り抜けようとした晴菜だったが、美咲の視線が想像以上に真剣だった為に思わず謝ってしまった。
「いやな、確かに男子にも友達はたくさん居るよ? でもなんかいまいちそんな雰囲気にならへんねんな。これがまた。
むしろ仲介とかやって全力で他人の恋に貢献してるしな〜」
「へー、なんで?」
「……もしかして……キャラか!? キャラなんやなー!?」
「「ぶっ」」
と悶絶するようにややオーバーに言う晴菜。
薫と美咲が噴き出したのはほぼ同時だった。そしてそれに気付いた晴菜が赤面する。
「うっさいなー! そういうかおりんはどうなんよー?」
「くくく……どうって?」
「彼氏とか聞かへんやん? そこんとこどうなん?」
「んー……」
つい昨日、その手の話を諒と語った為に妙に気恥ずかしいような。
返答に迷った薫は結局、今はまだ居ないとだけ答えた。
「諒君は? どうなん?」
「む……だって、諒とはそんなのじゃないもん」
「ふーん。さよか」
なんとなく、歯切れが悪い。
「何よー」
「別になんもないよ。せやけど、諒君に彼女出来たらどうすんの?」
「……別にどうって……」
晴菜の言葉に思わず詰まってしまう。
美咲は何も言わずコーヒーを飲みながら二人のやり取りを傍観している。
「恋愛は自由だから私が口出しすることじゃ……」
たっぷり時間をかけて発した言葉の語尾は弱弱しく消えていった。
「まぁそれならええねんけどな。ははは、かおりん深刻な顔しすぎやで〜」
「こら〜突くな〜」
プニプニと薫の頬を突く。
口では冗談を言いつつも薫の心は穏やかでなかった。
もし、諒に彼女が出来たら?
一瞬でいろんな事を考えた。結論から言えばお互いの日常からお互いが居なくなるわけだ。
薫の思い込みかも知れないが、朝の登校もし辛くなる。
もちろん休日に出かけることも、お互いの部屋に入る事もなくなるだろう。
諒だって彼女を優先したいはずだ。
その一方で、実際はあまり変わらないのではないだろうか。とも考える。
(諒に……彼女、かぁ……)
遠くに見える雨雲を確認しつつ、漠然とそんな事を薫は思っていた。
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